451のミニベロ

ミニベロで、雨の心配のない日の自転車通勤や、週末のサイクリングを楽しんでいます。
それから、雪のシーズンには山でテレマークスキーをしたりもしていましたが、このところは古墳めぐりが大好きになりました。
※ 2008年11月 に「OCNブログ人」で始めたブログですが、そのサービス終了のため 2014年10月 こちらに移ってきました。

サイクリング

再び嵐山周回

P1440096
■行司免遺跡。

3_03illust
■嵐山町のweb博物誌「丘陵人の叙事詩」から勝手に持ってきたイラスト。
 走った大体のラインと場所を赤字で追加しました。

 所有のガイドブックに載っていない古墳の有り無しや、
 その位置も含めた基本情報、見つけた古墳の同定情報などは、
 埼群古墳館 様より得ております。Powerd By であります。
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P1440055
■西原古墳群6号墳?
 東松山市の北東端でほとんど嵐山の場所であります。
 嵐山町の寺山古墳群のエリアと言ってもいいくらい近接しております。

P1440056
■残っているかもしれない西原古墳群7号墳を探して、
 住宅地をウロウロしましたが、見つかりませんでした。
 ここは不思議に開発されていない一角。

P1440065
■国立女性教育会館。
 いままで敷地内に入ったのは数えるほどであります。

P1440061
■広い敷地で、段丘に建てられているので、眺めがよいのであります。

P1440066
■敷地内にある寺山1号墳。西側から。

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■南東側は藪がひどく、近づいてもはっきりしないのでありますが、
 こちら側からは高さを感じました。

P1440071
■それから、また山王古墳群に行って、
 「オオムラサキの森」下部に隣接する「蝶の里公園」。
 このまま車道を下れば、都幾川の桜堤であります。

P1440073
■冬枯れで見通しのいい、気持ちのいい公園を、
 自転車を押してテクテク歩き、

P1440075
■山王古墳群14号墳。
 写真ではよくわかりませんが、肉眼では高さがありました。
 この東側に13号墳があって、やはり肉眼ではわかるのでありますが、
 撮れた写真はただの笹薮にしか見えなかったので、省略しました。

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■14号墳の場所からすぐ、河岸段丘の傾斜がきつくなっております。
 先に見える田んぼに下り、右奥に見える尾根に回り込んで、
 石堂古墳群に行きました。

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■石堂古墳群1号墳。

P1440084
■石堂古墳群2号墳。

P1440083
■墳頂にある石は葺石だろうか。
 3号墳も肉眼ではわかりましたが、写真ではただの藪でありました。

P1440090
■石堂古墳群から戻る道。
 大平山がきれいに見えました。

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■橋をわたり、都幾川の右岸。
 いわゆる都幾川の桜堤であります。

P1440097
■行司免遺跡。
 ピラミッド型の鉄骨は井戸跡で、その隣に案内版。
 今は、飼料用?のトウモロコシ畑になっております。
 右奥の赤っぽい建物は、先の国立女性教育会館。

P1440099
■井戸跡。

P1440101
■案内板。
 乾いたふかふかの畑の土で、靴がすごいことになりました。
 その後、大蔵館跡から笛吹峠に向かう登り坂を500mほど上がって、
 
P1440108
■粟津ヶ原古墳7号墳。
 
P1440110
■裏から。
 粟津ヶ原古墳群はS34(1959)の時点では、
 小円墳が7基あったということでありますが、道路工事などで、
 今は2基だけ存在するということであります。
 羽黒塚と呼ばれていた古墳があったということなので、
 この7号墳はそうなのかもであります。うーむ。
 にしても、今まで単に気持ちがいいからと選んで走っていた道でありますが、
 また違った気分で走れて楽しいのでありました。

嵐山周回

風が弱くて、暖かい日でありました。
古墳を見に嵐山に向かったのであります。

P1430944
■梅を見て、

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■同姓塚1号墳。この民家の庭先の径15mの円墳を見て、

P1430955
■沼を見て、

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■二股のクヌギの先、崖の上でありますが、樹木が切られ、
 都幾川の桜堤がより高い位置から見えるようになっておりました。

P1430963
■そこから望遠でお馬さん。

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■石室が立派な嵐山の稲荷塚古墳にも行きました。

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■北西側から。
 緩い傾斜地に径20mの円墳のしっかりとした大きさであります。

P1430968
■現地案内板。

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■それから、鎌倉街道に行って。
 「伊昔鎌倉街道菅谷」と書かれた石碑はS33建立とのことであります。

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■案内板。
 ここは鎌倉街道の遺構があり、また「オオムラサキの森」でもあり、
 「山王古墳群」でもある、なかなかに盛りだくさんの場所なのであります。
 上のリンク先で「落ち葉についた幼虫を探す児童」という写真がありますが、
 そこには古墳もきっちり写っております。うみゅ。

P1430982P1430985
■ほぼ同じ場所に並ぶ案内板。

P1430988
■見通しの良い林に山王古墳群のうちの2基。

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■そのあとは、東昌寺古墳2号墳。
 なにやらたくさん建っていて、言われなければ古墳とはわかりません。

P1440033
■東昌寺古墳1号墳。

P1440044
■「埼玉の古墳」によると、東昌寺の墓地にあるので、原形を保っていないが、
 径16mの円墳ということであります。
 ただ実際に墳丘に登り、おりて裾から見上げてみると、
 もっと大きかったのではという印象であります。
 また、東上線の武蔵嵐山駅から、この東昌寺にかけて、
 数多くの古墳があったということですが、
 その数百メートルの間の古墳については、何もわからないということであります。

P1440053
■眼が痒くなるので目薬をさしながら、竹林を通って帰ってきました。

鹿島古墳群へ

冷たい向かい風のなかを、荒川に向かったのであります。

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■丘陵を抜けて、

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■日陰には朝方の雪がうっすらと残っていたので、
 滑らないように硬直しながら、

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■着きました。
 鹿島35号墳。小さな稲荷社。

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■葺石だろうか。小さめの石だらけであります。

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■鹿島古墳公園のメインエリア入口にある案内板。

P1430845
■下草が刈られているので、藪に悩まされることなく、
 群集墳を歩いて見て回れる。やっぱりいい所だなぁと思うのであります。
 基本葺石がありますので、この景色は当時は以下のように、
 見えていたはずです。

P1430845-2
■イメージ。

P1430853
■先の景色の中央に見える赤さびた案内板はこれであります。
 ところどころしか読めないのでありますが、
 最後の方は、「昭和四十?」と「川本村長」と書かれているように思えます。
 県指定史跡になった頃のものでありましょうか。

P1430858
■墳頂から南の展望。

P1430864
■鹿島66号墳と思われる円墳。

P1430865
■この古墳に限らずですが、墳丘には葺石。

P1430870
■公園の幅が狭まった個所。西の眺め。

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■公園西側の鶏舎が近い林の中。

P1430880
■古墳群のほぼ西端から東方向。
 ここでもかつての景色は、

P1430880-2
■イメージ。

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■して、あれが見たかった3号墳と思われる盛であります。

P1430885
■南から。

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■西側。葺石と思われるものが。

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■北から。うみゅ。
 それから、吉野川を渡ったすぐに、ます塚古墳という、
 1辺10mの方墳があったというそれを見に行きました。

P1430892
■ます塚古墳はもう見当たりませんが、すぐ近くにこんなのがありました。
 見たいものが見れたので、あとは帰り道がてらに、
 いくつか別の古墳を見てであります。
 ただ冷たい風が吹く日でありましたので、この頃から、
 もう脳みその大半は、さくら屋であっつあつのかけうどんを食べることばかり、
 考えているのでありました。

P1430903
■江南台地に冷たい道で上がり、

P1430904
■上がった所。

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■上前原古墳群1号墳。

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■上前原古墳群2号墳。
 しっかりした高さがありましたが、墳頂がぼっこりと陥没しておりました。

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■それから瀞簡院2号墳。

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■この古墳はいつみてもギリギリ感がすごいと思うのであります。

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■お昼をとうに過ぎた時間でも込み合っていた店内のカウンターで、
 お待ちかねのうどん。
 体が冷えておりますので、喉が焼けるかと思いました。
 体が温まったあとは、のんびり丘陵を越えて帰るであります。
 

江南台地の縁辺部

雨上りの午後、先日の上大塚古墳群1号墳のような、
眺めの良い台地端に立地する古墳見たさに出かけたのであります。
清水山古墳群から、上前原、行人塚、瀞簡院、天神山などの旧江南町の、
古墳群を回ろうとという計画であります。
ただ途中の丘陵の古墳群で時間がかかったり、
うどんを食べちゃったりで(これはたいしてロスにはなっていない)、
日没が迫ってきたので、旧川本町の清水山古墳群を見た後は、
一目散に帰ってきたのでありました。

shimizu
■左は先日のトラック。

P1430772
■雨上りの丘陵。

P1430773
■道の途中にある日向古墳群(旧江南町)の2基を探したけれど、見つからず。

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■カンパ沼(釜場沼)先の新沼から、釜場古墳群を見に行きました。

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■道の途中、上原古墳群の2号墳。
 道路側が削られていますが、径30m円墳の迫力であります。
 個人宅の庭だと思うのですが、いつ見てもきれいにされていて、
 すばらしいと思うのであります。

P1430803
■そのすぐそば、同じ地内に上原古墳群の1号墳。径24mの円墳。

P1430808
■遅い時間でしたが、千代屋の暖簾が出ていたので、
 つい食べちゃいました。

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■食べた後は西に向かい、

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■清水山古墳群への北からのアプローチ。
 篠藪がすごいのでこっちからはあきらめ、南側の造成地から見に行きました。

P1430825
■その後、暗くなる前に帰らなくちゃであります。

花園 うどんと古墳群

冷たい風の吹く日でありましたが、
古墳群を巡りながら花園でねぎたっぷりのうどんを食べる計画であります。

P1430667
■北西に向かう道は基本向かい風で、
 ただただ帰り道の追い風を楽しみに我慢するのでありますが、
 丘陵に入りこむと、風がさえぎられてひだまりの暖かい道があって、
 ありがたいのであります。

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 所有のガイドブックに載っていない古墳の有り無しや、
 その位置も含めた基本情報、見つけた古墳の同定情報などは、
 埼群古墳館 様より得ております。Powerd By であります。
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■気持ちのいい道。
 この先、丘陵を抜けたら江南台地であります。

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■上大塚古墳群(画像は2号墳)をグルグルして、

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■畠山重忠公。

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■箱崎古墳群(画像は4号墳)をグルグルして、

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■ねぎたっぷりの天ぷらうどん。
 農産物直売所の直営食堂で、飾り気のない雰囲気が好きであります。
 以前、ごちそう様の時に深谷ねぎはおいしいですねって言ったら、
 「花園ねぎだから」って言われたのをいつも思い出しながら食べるのでありますが、
 今は深谷になってしまったのであります。うみゅ。

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■うどんに満足した後は、オマエだ 小前田古墳群を見て、

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■荒川にかかる玉淀大橋を渡っての帰り道であります。
 他にもいくつか見たい古墳群があったのでありますが、
 日没前に帰りたくて次回の楽しみとしました。

大榎と岩根沢横穴墓群

午前中は風も弱く、よく晴れた穏やかな日でありました。
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■大榎といぼ地蔵。
 左右に広がる丘陵の尾根上には塩古墳群の支群があるのであります。

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 所有のガイドブックに載っていない古墳の有り無しや、
 その位置も含めた基本情報、見つけた古墳の同定情報などは、
 埼群古墳館 様より得ております。Powerd By であります。
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83b0978b
■以前、アザラ 十郎横穴墓群で見た説明板の赤字の部分、
 いつか見てみたいと思っておりましたが、「埼玉の古墳」を読んでいたら、
 嵐山町の岩根沢横穴墓群の位置説明にグリッとなったのであります。
 ...古里古墳群の尾根支群の後方...
 ...岩沢沼を南東にのぞむ字岩根沢の山稜斜面に分布...
 案内板の尾根横穴墓は、もうちょっと広い地名を使ったものでありました。
 たぶん。
 にゃらばとそれを見に行きました。
 
  塩野博(2004) 『埼玉の古墳:比企・秩父』 さきたま出版会.

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■見通しの良くなった丘陵を走り、

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■まずは前菜に天神山古墳群を見に行こうと。
 左に赤い鳥居の淡洲神社の奥の丘陵の上にあるのであります。

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■丘陵南側に回り込んで、小さな沼から先に登ればでありますが、
 藪そうなのでここでやめました。北側からのほうがいいのかしら。

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■大榎といぼ地蔵。

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■しめ縄バージョンであります。

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■まだ黒ビニールがありました。
 これ紫外線劣化ですぐに無くなると思っておりましたが、
 農業用で劣化しにくいものとかなのかもであります。
 しばらくゆっくりしてから、岩根沢沼に向かいました。

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■岩根沢沼。
 ここに自転車を置いて、歩いて探索であります。

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■藪の狭い源頭をグルグル回りましたが見つからず、

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■凝灰岩なのか砂岩なのか、横穴が掘られているイメージの岩が、
 段差になっている個所もあり、可能性を感じますが見つからず。
 沼からの探索はあきらめて、北側に通る道から探すことにしたのであります。

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■回り込む道。
 菜の花の丘でありますが、古里古墳群の尾根支群のエリアでもあります。

P1430641
■北側の道から、少し降りたところ。
 おぉこれならあるかもの崖。

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■それからすぐに見つかりました。
 ひっそりとしております。

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■ひっそりと。

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■蓋をしやすい形。
 他にも何基かあるのではと想定されているとのことでありますが、
 とにかくこれ1基のみであります。

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■古里古墳群尾根支群1号墳。西から。
 道から見るだけでありますが、だいぶ変形しているのじゃろか。

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■古里古墳群尾根支群2号墳。西から。
 密な竹林の中に、しっかりとした円形と高さがありました。

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■古里古墳群尾根支群5号墳。
 この切り通しな感じのもっこりが古墳だと知ったのは、
 最近であります。
 見たいものが見れて満足でありますので、
 ふる里であったかいうどんでも食べて帰るべと思いましたが、
 まだお正月休みでした。うぅ。

ナイトランラーメン

近くに「中華そば」と書かれた暖簾を下げるお店がオープンしたと聞いて、
少しそわそわしておりましたが、食べに行ったのであります。
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■閉店近い時間。
  
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■シンプルなメニューであります。
 中華そばの細麺をいただきました。
 おいしかったので、次は太麺を注文してみようと思うのでした。
 北に炎で「ほくえん」という名前のお店であります。
 古墳を見たくてウロウロしていると、ちょっとした標高差が気になるものでありますが、
 お店のある場所は、東松山台地の北縁であります。
 だからそういう名前なのかしらと勝手に思うのでありました。うみゅ。 
 
1028cc07
■赤丸がお店の場所。

市内のレジャースポット

今月の市の広報紙特集は以下の通りで、
「究極」の意味がよくわからないのだけれど、
両方とも一度見てみたいと思っていたので、
自転車でグルッと一回りしてきたのであります。
P1430426
■どっちだ?

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■田んぼを通り、

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■稲荷橋を通り、

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■さくっと「化石と自然の体験館」。
 丘陵を切り崩して作られた高台の産業団地内にありました。
 見学だけなら無料でありますので、
 何組かの発掘体験の親子連れでいっぱいの小さな館内を、
 邪魔をしないように、にゅるっと一回りして見学しました。

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■また田んぼを通り、

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■鞍掛橋。
 以前、右の林の中に朽ちかけのロッジというのかバンガローがあって、
 薄暗い印象がありましたが、すっかり整備されて明るい感じでありました。

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■鞍掛橋のたもとから、上流方面。

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■上唐子の不動の滝を見て、

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■アイスコーヒーで一休みして帰ってきました。

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■アスファルトの灼熱地獄でカラカラのひっくりかえったカエル。
 ここぞとばかり、ベルをチィーンと鳴らしました。

床屋と附川古墳群

土曜日の午後、自転車で床屋に行ったのですが、
その方向の先に附川古墳群があるので、
さっぱりした頭に帽子を被って、ちょっと見にいたのであります。

hd

■附川古墳群の位置。
 東松山台地の中央南側が少しえぐられた箇所。
 都幾川が作った堆積地の自然堤防上であります。
 かつては12基以上あったとのことでありますが、
 中学校の造成と、高速道路建設によって、
 現在は4基の墳丘が残るだけであります。
 この中学校卒業者にはノーベル賞受賞者がいらっしゃるのであります。
 そばには、約50年前まで13基あったという青鳥古墳群があります。
 今はすべて消滅したのでありますけれども。
 また、地図を見ていたら、青鳥古墳群の上(北側)に、
 十三塚という地名があるのを知りました。
 このあたり、近年宅地の開発が進んでいると思うあたりですが、
 杉林というか藪が多いところだったと記憶しております。

7803182c
■まずは附川1号墳。この写真だけは以前のもの
 この時も床屋に行ったついででありました。うみゅ。
 中学校の敷地内にあって、復元整備された古墳であります。
 この古墳もそうですが、古墳群のすべての古墳は円墳で、
 調査されたものは、銅張がある複室構造の横穴式石室を持つのが、
 古墳群の特徴ということであります。

DSC_0981
■1号墳から先、関越の下をくぐってちょっと進むと11号墳。
 南から。

DSC_0982
■北側の道路からも見える11号墳。中央の茂み。
 平屋の屋根と同じぐらいの高さがあります。

DSC_0987
■祠がある低い12号墳。
 東松山ICのランプ沿い。横Gがちょいかかる道のすぐ外に、
 古墳であります。

DSC_0989
■12号墳は、そのまま南側に土盛りが続いているように見えるのだけれど、
 これはなんだろうか。
 前方後円墳だったなどということがあるのかしら。

DSC_0985
■それともすぐ近くにある、右の土盛りがそうなのだろうか。

DSC_0992
■定宗寺裏の杉林内にある10号墳を遠目から。

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■まだ高速も中学校もない昭和22年の空中写真。
 1号墳の周囲に、中学校の造成、拡充工事で消滅した2~5号墳が、
 1号墳と11号墳の間に、関越道建設で消滅した、6~9号墳。
 出典:国土地理院 「USA-R356-3」をトリミング。昭和22年(1947/10)撮影。

g
■現在のg地図。

hd2
■附川古墳群で現存する墳丘は4基。
 昭和30年代の調査で分かっている、東松山台地南東部の古墳は、
 青枠でありますが、赤線のあたりにもかつて古墳があったのだろうと、
 そう思わせる地形であります。

三千塚古墳群周辺のサイクリング 古墳編

around3000
■青塗りつぶしは森林公園、赤塗りつぶしは三千塚古墳群。
 今回はだいたい黄色のエリアであります。

P1430014

■自宅から森林公園に向かう道の、
 ほんとに何度も通っている道脇の、細い尾根の上に、
 長淵古墳群の2基があるというのを知ったのですが、
 それらしいものは見当たりませんでした。

P1430016
■登ってみると、わずかな比高であっても、
 眺めがいいのであります。奥の森が森林公園。

P1430017
■尾根の上に畑があって、軽トラが通るのでありましょう。
 藪になっていないのがありがたいのであります。

P1430028
■細長く分布する「市の坪古墳群」の南端。
 道を挟んだ林の中に、13号墳と14号墳の2基の名残を探しましたが、
 それらしいものはやはり見当たりませんでした。

P1430031
■写真ではわかりにくいのでありますが、
 耕された畑から、水蒸気がもくもくとしているのでありました。
 自転車の先に、市の坪古墳群9号墳かもしれない盛り上がりがありました。

P1430033
■奥にまわりこんで東側から。

P1430036
■これは市の坪古墳群6号墳だろうか?

P1430045
■市の坪1号墳が載っていたと思われる丘の上から、ゴルフ場の眺め。

P1430049
■その丘の上の、庭木の畑?の中にある低い円状の盛り上がりは、
 市の坪古墳群1号墳なのだろうか?

P1430056
■狭いエリアに21基も密集していた棘山古墳群でありますが、
 1基も確認できずであります。

P1430062
■これは新屋敷1号墳だろうか?

P1430064
■それともこれだろうか?
 それとも、消滅しているという記号の古墳なので、
 墳丘はもうなくなっているで、やっぱりいいのだとうか。
 して、自転車を立て掛けた場所は、ひとつ前の写真と同じ場所であります。

P1430068
■神光谷(しんこうやつ)古墳群1号墳。
 聖ルカ教会敷地内ということでありますが、
 土地の名前とマッチしているなぁと思うのでありました。

P1430067
■丘陵端でありますので、
 木々の間から北側(写真右側)の展望が広がっているのであります。

P1430071
■五反林古墳群1号墳。
 残念ながら「ごたんばやし」と読むのだそうです。

P1430077
■周りからはよく見えないのでありますが、
 登ってみると、鬱とした林の中に、
 思いのほかしっかりとした高さと、大きさがある古墳であります。

P1430084
■塚の可能性があるという光福寺裏1号墳。
 そう言われてから見てみると、東(写真では右手)に伸びる傾斜が、
 竹林の中の土手のような盛りと繋がっているようにも見えるのであります。

P1430087
■とうかん山古墳。墳長74mの中型でありますが、
 付近では大きなしっかり残る前方後円墳であります。

P1430090
■ひとつ前の写真は、赤矢印あたりから撮っております。

P1430092
■とうかん山古墳の前方部。

P1430095
■赤い鳥居が、賢木岡(かたぎおか)西古墳群5号墳。
 「埼玉の古墳」によると、この賢木岡にあった古墳から、
 明治32年に、顔面に赤彩が施された人物埴輪の頭部二つが発見され、
 根岸家に収蔵されたが、現在の所在は不明だということであります。
 うみゅ。

P1430102
■民家の裏に賢木岡西古墳群2号墳。
 この周辺であと二か所ほど見たい場所があったのですが、
 実は、ここでカメラもってうろうろしていたら、
 竹の子泥棒と間違われて怒られてしまったので、
 謝ってから退散したのであります。
 お騒がせして、大変申し訳ないのでありました。
 時期が過ぎたら、また見に行きたいのであります。

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■阿諏訪野古墳。
 阿諏訪野古墳群として、たくさんの古墳があったということでありますが、
 残っているのは、この1基と次の楓山古墳だけということであります。

P1430104
■楓山古墳。
 前方後円墳と推定されているということでありますが、
 現在は土盛りのような墳丘が耕作地の中に裸でポツンと、
 よく残っているものだと感心せずにはいられないのであります。
 このあたり、緩やかに平野まで続く傾斜地でありますが、
 かつては何基もの前方後円墳があって、
 とても興味深いエリアであります。
 中央左奥のもっこり木立は甲山古墳。

P1430106
■そこに来ました。
 あの、全国4位の平面サイズを誇る径90mの甲山古墳であります。

P1430108
■小山にしか見えない甲山古墳の墳頂から。

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■ガグァンガグァンと階段を下りるの道でありますが、
 ここを上りきって、ちょい左の小道に入れば、

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■奥の稲荷社の下が、吉ケ谷1号墳。
 ギリギリのところでゴルフ場にならずに済んだ場所であります。

P1430120
■鴻の面古墳群の1号墳のあたり。
 かつて10基あったとされる古墳群でありますが、
 今はゴルフ場であります。

P1430124
■北の前1号墳。
 以前オフ会でも走った藪を抜けた先の道でありますが、
 その時は古墳だとも知らずにおりました。

 今回走った黄色のエリアの古墳は、かつて少なくとも、
 130基はあったということだと思うのですが、
 確実にそれだと思うものは、10基程でありました。

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