451のミニベロ

ミニベロで、雨の心配のない日の自転車通勤や、週末のサイクリングを楽しんでいます。
それから、雪のシーズンには山でテレマークスキーをしたりもしていましたが、このところは古墳めぐりが大好きになりました。
※ 2008年11月 に「OCNブログ人」で始めたブログですが、そのサービス終了のため 2014年10月 こちらに移ってきました。

古墳と埴輪

西秩父 (3) 古墳

吉田と小鹿野で見て回った古墳であります。

P1440539
■世界の奇獣、パレオパラドキシア。

 所有のガイドブックに載っていない古墳の有り無しや、
 その位置も含めた基本情報、見つけた古墳の同定情報などは、
 埼群古墳館 様より得ております。Powerd By であります。
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P1440463
■井椋塚古墳。
 下吉田の椋神社そばにある芦田古墳群の1号墳。墳頂に小さな祠。
 工場の敷地のなかに残されているので、
 そこにあるとわかって行かないと見つからない場所であります。

P1440478
■丸山塚古墳(小鹿野町)。
 径30m、高さ5mの円墳で、秩父では指折りの大きさであります。
 住宅地の中にあるので、近づかないと見えないのでありますが、
 見えた時はそのどっしりとした姿に感動するのでありました。

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■東側に鳥居。

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■丸山古墳(小鹿野町)。
 先の古墳と名前が紛らわしいところでありますが、こちらは「塚」がない。
 径11m。

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■小さな石がたくさんありました。

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■道の先、道にかぶるように、お塚古墳(小鹿野町)が見えております。

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■これ。佇まいがいいのであります。
 測量調査の結果、上円下方形ということでありますが、
 見た目は円墳であります。
 塚の可能性もあるということであります。

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■こじんまりと。

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■墳頂から。

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■小鹿原古墳群(小鹿野町)のあたりを少し回ってみたけれど、
 よくわからないのでありました。
 ちなみに、小鹿原はオガハラではなくオシカハラと読むとのことで、
 よそ者には難しいところであります。

P1440511
■小鹿塚古墳(小鹿野町、小鹿原古墳群)
 オシカ塚古墳(オガノ町、オシカハラ古墳群) うみゅ。
 奥に秩父宮殿下の御染筆による「小鹿野碑」が建立されていて、
 そこが前方部の前方後円墳という伝承があるが、
 確認できていないとのことであります。
 もし前方後円墳であったなら、500基はあったとされる秩父盆地の古墳で、
 唯一のものとなるのであります。

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■奥に回ってみたところ。
 しかし、前方後円墳だったかどうかが不明というのは、
 なんだかしっくりこないのであります。

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■千尋原古墳群(小鹿野町)、No147号墳と思われる古墳。
 このすぐ北側に3基ほど並んでいました。

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■千尋原古墳群(小鹿野町)、No151号墳。

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■千尋原古墳群(小鹿野町)、No150号墳。
 肉眼では、自転車の奥に、先のNo151号墳の裏側(南側)が、
 見えておりましたが、写真だとはっきりしないところであります。

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■千尋原古墳群(小鹿野町)の、氷雨塚。
 開口しております。

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■古墳の東側。

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■たんぽぽ。

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■天井石が露出した墳頂から、南西方向。
 奥の建物は温泉施設で、そこに隣接する「般若の丘」公園には、
 大世界のまたとない奇獣、パレオパラドキシアの、
 実物大のリアルな複製があるのを後から知りました。
 機会があればぜひ見に行きたいものであります。

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■その氷雨塚のすぐ東隣りには、千尋原古墳群(小鹿野町)のNo143号墳。

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■「ようばけ」そばの、山の神古墳(小鹿野町)。

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■とてもきれいに手入れされた古墳であります。
 おくの崖が「ようばけ」。

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■小暮古墳群1号墳の行人塚古墳。
 改変を受けていますが、高さはありました。
 すぐ近くに径30m前後の、大きな牧林古墳があるのでありますが、
 藪で墳丘はよくわからずでありました。

 その他には、かつては80基(現20基強)あって、塚原と言われていた、
 地域では最大の群集墳だった取方古墳群など、いくつか古墳群がありますが、
 次回の楽しみとしました。

西秩父 (1)

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■半納横道の「堂の尾根」にある「火の見やぐら」と「常夜灯」。
 この景色や、谷沿いの傾斜地に点在する耕地(集落)を見たいのと、

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■小鹿野の古墳を見たくて、自転車で回ってきました。
 上の古墳は、小鹿野町般若にある「お塚古墳」。

wccb
■全体図。
 まず石間川沿いに登り、半納耕地を往復してから、
 小鹿野町にと思っておりましたが、霧雨模様で雲が低く、
 山は後回しににしました。
 天気が多少回復する見込みでもありましたし。

alti
■最高到達点は、半納の横道というか堂の尾根の火の見やぐらであります。
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■朝の道の駅。
 映画のセットだった復元の丸井商店。

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■案内板拡大。

P1440449
■左上をさらに拡大。

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■咲始めた桜にも雨。

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■椋神社の夫婦クヌギ。
 右奥の山の裾に、木組みの発射台が見えております。


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■椋神社。

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■椋神社から東方面。
 段丘の縁でありますれば、神社周辺に古墳がいくつかあるのであります。

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■宮戸から丘陵を超えて、

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■小鹿野町。
 ここで休憩していたら、柴犬と散歩のおじいさんが通りかかり、
 「桜はまだ五分だなぁ、来週の祭りの時がちょうどいい具合だなぁ」
 ということでした。

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■町の中を走り、

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■般若地区も走り、

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■奥の、地層が露出している崖(ようばけ)近くの、
 「山の神古墳」を見に行った後、そばの「おがの化石館」に行きました。
 入口の目立つところに並べてある置物。
 不勉強な私には、どうしてこんなところで、
 出っ歯のカバがとても嬉しそうにしているのか疑問でしたが、

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■カバじゃないんですね。

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■世界の奇獣「パレオパラドキシア」ということであります。

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■うみゅ。

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■魚の化石。 ......つづく。


秩父 皆野散策(2)

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■大渕古墳。

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■古墳の盛土はなく、石室というか玄室のみが露出しております。

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■古墳の西側を走る道路のH6の拡張工事の際に、
 周掘の一部が発掘調査されたとのことであります。
 
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■その時の実測図。
 現存している古墳は右下の部分。調査したのは左上の周掘部分。
 このことから、径25mの円墳と推定されるとのことであります。
 石室の大きさは秩父最大級とのこと。
 して雨は、このあたりで傘をささなくて平気なくらいに弱くなっていました。
 ただ寒いのは変わらずでしたので、この古墳そばにあった、
 おいしそうな蕎麦屋さんであったまろうと思ったのですが、
 開店まで30分ほどあったので、ちょっともじもじしてから先に進みました。

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■大渕古墳より少し手前にある青木巡査殉難の地。

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■案内板。
 
P1440380
■赤平川を渡り、小柱地区にあがりました。

P1440383
■小柱の氷雨塚古墳。
 開口しているのですが、裏(北側)から見ただけ。

P1440387
■小柱地区からの破風山。
 手前の白肌の木はなんだろう。果樹でしょうか?

P1440386
■破風山の右型に集落が見えていたのでズーム。
 桜ヶ谷の集落でありますか?

P1440390
■荒川と赤平川の合流地点の見晴らしのいい段丘端に、
 オープンな雰囲気の神社があったので立ち寄りました。
 右奥は宝登山。


P1440394
■同じ神社から、皆野の町ごしの蓑山。

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■案内板。

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■神社付近には古墳かもと思われるような盛りもありました。
 この木の下の小さな建物は、この後、荒川を皆野橋で渡ってから、

P1440398
■桜を撮った写真に写っているのを、後から気が付きました。

P1440399
■それから、今日の最後の目的地、蓑山に向かう途中で、
 住宅街を抜けた場所に、古墳かもと思われる盛がありました。
 以下の地図の「大浜」と書かれた場所の上の赤丸の地点であります。
minano
つづく。

秩父 皆野散策(1)

土曜日、前日からの冷たい雨が降っておりましたが、
また鉄道利用で秩父に行きました。

P1440410
■稲穂山古墳近くの高台から皆野の街並み。
 右の秀峰は宝登山。

minano
■長瀞駅からスタートして皆野駅でゴールの15km弱の歩きであります。

Chichibu_Basin
■今日のだいたいのコースは赤線。
 秩父盆地の口が閉まる個所であります。
 青線は次に自転車で走りたい、吉田、半納、小鹿野のコースイメージ。
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■雨の寄居駅。
 最初に一本乗り遅れたせいで乗り継ぎまで時間があります。
 乗り換え案内では40分待ちですので、飯でも食べてと思うのでありますが、
 ここにはあまりそういうものはないのであります。
 ちょっと寒いと感じるホームで時刻表を見ていたら、
 急行なら20分程度の待ちなのを知りました。
 今日は上長瀞駅から歩き始めるつもりだったので、
 それをネットで調べておりましたが、急行が止まらない駅なのでありますね。
 ホームは寒いし、急行の止まる長瀞駅から歩き始めればいいしであります。

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■急行料金、200円。

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■車窓から、霧の風布の山並み。

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■雨の中を傘さして、しばらく黙々と歩いていると、
 先日の金崎古墳群・大堺2号墳。

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■石室が大迫力の金崎古墳群・大堺3号墳。
 今日は北西から民家を挟んで眺めただけ。

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■山の神様でしょうか。

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■屋号がない蔵を通り、

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■永保社跡と創始者のリレーフ。
 「ここをやらねぇと風布の衆がおさまらねぇ」で一日早く武装蜂起し、
 襲撃したという場所であります。
 それから荒川に削られた狭い山裾を歩き、少し開けた国神地区に出ました。

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■国神の大イチョウ。


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■裏側から。
 かつて高さ1m、径7~8mの高まりがあって、
 国神塚古墳の跡と思われる場所とのことでありますが、
 今は少し盛り上がっている程度でありました。

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■そばにはもう一つの大イチョウである「知知夫姫命のイチョウ」。

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■後ろから。
 これも古墳跡でありましょうか。天井石に使えそうな板石もありました。
 奥に見えるのは皆野の町と蓑山。

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■現地案内板。
 つづく。


秩父の古墳めぐり 大野原古墳群

大野原古墳群は、かつては百八塚とも呼ばれていたとのことで、
秩父では、先の飯塚・招木古墳群に次ぐ規模の群集墳であります。
4つの支群(黒草、大野原、蓼沼、下小川)に分かれているのですが、
そのエリアは、他の秩父の古墳群に比べて、
圧倒的に広いのであります。

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■大野原駅で下車し、歩き始めてすぐの愛宕神社。
 この社殿の下が24号墳。

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■裏に回ると、古墳の雰囲気が残っております。
 径13mということでありますが、作られた当時はもっともっと、
 大きかったのではと思えた古墳でありました。
 この古墳は、大野原支群の1基でありますが、
 周囲は開発が進んで古墳はほとんど残っていないのでしょうか。
 大野原字「宮崎」あたりは古墳が多く、四十八塚とも呼ばれていたと、
 「埼玉の古墳」に記述がありました。

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■横瀬川に削られ崖のようになっている箇所を歩き、

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■大野原古墳群下小川支群。
 手前の7号墳と奥の6号墳。写真には写っていないけれど、
 右側の藪には8号墳らしき墳丘が。
 7号墳は石室が開口しております。

P1440166
■7号墳の裾からみた6号墳。
 「埼玉の古墳」では、5基の円墳が南北に並んでいて、
 「五ツ塚」とか「五王塚」とか呼ばれていたとのことであります。
 そのうちの2基。

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P1440173
■削平された古墳の葺石が由来かもの、石が積まれた場所があって、
 雰囲気のある場所であります。
 
 これで、古墳の本「さいたま古墳めぐり」の秩父5か所を追加して、
 完遂まであと3つということになりました。
 また本からは漏れているけれど、秩父ではほかに、
 石室が完全に露出した大渕古墳や、国造の推定場所の一つの国神塚古墳、
 現時点最大の稲穂山古墳、久那の氷雨塚など見てみたいし、
 それから小鹿野の古墳と秩父事件の現場ももっと丹念に見てみたいのであります。
 今日、まず皆野に行ってとか考えておりましたが、
 冷たい雨だったので、またの楽しみとしました。

秩父の古墳めぐり 飯塚・招木古墳群

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■「招木古墳通り」を歩いて、先の秩父鉄道をくぐり、
 荒川にかかる和銅大橋を渡ればすぐ、120基以上の円墳で構成された、
 秩父最大の群集墳、飯塚・招木古墳群であります。

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■車道まじかの89号墳。
 この車道建設時にそれにかかる円墳7基の発掘調査が行われ、
 そのうちの一つをここに移転復元したということであります。

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■南側から。
 この古墳群の石室はすべて武甲山を向いていると、
 何かで読んだ記憶があるのですが、 資料を探せませんでした。
 気のせいかもであります。


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■現地案内板。

P1440186
■飯塚地区の古墳群。
 道の右にたぶん71、70号墳と、左にたぶん2号墳。

maneki
■上の写真は、青矢印の方向で撮ったもの。
 先の復元古墳の89号墳は、赤矢印であります。
 図は、古墳探訪の記録を、豊富な写真でPDFにされている方から、
 勝手に持ってきてしまった迫力のある分布図。
 明確に2群に分かれていて、左上が飯塚地区、右下が招木地区。
 飯塚地区の中央部に、比較すれば大型の円墳が2基が、
 並んでいるとうのがよくわかる図であります。

P1440192
P1440194
■6、7、12、16号墳あたり。
 近づけばグイッと高さがあるのがわかるのであります。

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■円墳とキジ。

秩父の古墳めぐり 狐塚古墳

秩父鉄道「影森駅」で下車して、この日初めに見に行った古墳であります。
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■もうこのあたりだろうと宅地をトコトコ歩いていたら、
 だいぶ近づいてから家のカゲにある古墳が見えてきました。
 ただ事前に見知ったイメージとはかけ離れていたのであります。

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■いつの写真かわからないけれど、秩父市のサイトから。
 事前のイメージでは、この写真のように、
 まっすぐの檜が数本と墳頂の社が目印の、畑の中の雰囲気のある古墳でしたが、
 檜は切られてしまったようであります。

P1440139
■それでも隙間から見える古墳は、
 長径24m、高さ4mのボリュームを感じます。
 左の家との境に、おそらく案内板が見えているのだけれど、
 近づけずでありました。

P1440139-2
■拡大。

P1440134
■西側に回っても近づけず。
 急な盛り上がりであります。右奥に武甲山。

P1440135
■南側に回っても近づけず。
 墳頂の稲荷社はしっかり大きいのであります。
 結局、墳丘に登って稲荷社で手を合わせるのはあきらめて、
 次の古墳に向かったのでありました。

IMG_0015
■これは、分布調査報告書のタイミングで詳細調査をした時の、
 古墳の実測図であります。変形を受けているせいなのか、
 一見四角の方墳のように見えるのであります。
 東側に2本、南側に1本のトレンチ設定でありますが、
 周堀は確認できなかったとのこと。
 広くはないけれど平地の古墳でありますので、
 周堀がないとは考えにくいし、だからこそのトレンチ調査であります。
 であれば、周堀はもっと外側にあったのか?
 だとすると、30mを超える古墳だったのかしら。
 古墳の本「さいたま古墳めぐり」では、この古墳を、
 現存する秩父地方最大の古墳としていますが、
 かつての姿も最大級だったのかもと思わせる調査結果でもあります。
 うみゅ。
  ※分布調査報告書
    『埼玉県古墳詳細分布調査報告書』 埼玉県立さきたま資料館(1994)埼玉県教育委員会.


秩父の古墳めぐり 皆野大塚古墳と疑問

P1440209
■大塚の名にふさわしい大きな円墳であります。
 現地案内板によると、径33mの円墳ということであります。
 古墳の本「さいたま古墳めぐり」では、この古墳は径18mで、
 秩父では径24mの狐塚古墳に次いで、2番目に大きいということでありますが、
 現場ではやっぱり30mクラスの大きな円墳に見えるのであります。

 そもそも、円墳の径が何mなのかは、残存している墳丘の実測値の場合と、
 周堀の調査からその内径が推定された場合があり、
 私はそれを区別しないで使っているのでありますけれども。

 して、だとすると、径33mは秩父で一番大きいということになりますが、
 「埼玉の古墳」では、竪穴式石室と同様の作りで横口を持っているという、
 たぶんあまりない過渡期の様式なのかもの、
 「稲穂山古墳」について記載があり、それは径38mであります。
 蓑山の西麓にあり、河岸段丘との比高100mと書かれているので、
 この大塚古墳からさほど離れていない場所にあると思われますが、
 分布調査報告書にはその記述がないので場所がわからないのであります。

 秩父地域で一番大きかった古墳はどれなのか?
 これが素朴な疑問であります。
 発掘調査後に大きさは改訂されることは当たり前にあるし、
 長らく円墳と思われていたものが実は前方後円墳だったとかいうのも、
 無いことではないので、現時点でのということでありますけれども。

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■菜の花と古墳。

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■すごく立派な看板というのかなんというのか。

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■墳頂に登る階段の左側に、石室が開口しております。

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■先の「埼玉の古墳」にちょこちょこ掲載されている古い資料図の、
 右端はこの大塚古墳であります。
 幕末から明治という激動の時代に書かれたこの図でも、
 墳頂の社に登るための階段が見て取れるのであります。

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■鉄格子の隙間から覗いた石室内部。

P1440208
■現地案内板。

秩父の古墳めぐり 金崎古墳群

この古墳群を見るまでは、
誇張しすぎじゃなかろうかと思っていたことがあったのです。

P1440276
■「埼玉の古墳」にちょこちょこ掲載されている古い資料図。
 描かれている古墳は、金崎古墳群のものではなくて、
 秩父の他の古墳なのでありますが、
 とても雰囲気というか味のあるスケッチで、見入ってしまうのであります。
 ただ、石室の大きさや、開口具合、墳丘の盛りなど、
 迫力を出すために、実際よりも大げさに書かれているんじゃなかろうかと、
 そう思っていたのであります。
 でも、違ったのでありました。

  ※埼玉の古墳
   塩野博(2004) 『埼玉の古墳:児玉』 さきたま出版会.



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■金崎古墳群、大境2号墳。

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■金崎古墳群、大境3号墳。
 迫力であります。
 両方とも大人が立って歩ける大きさの石室が開口しております。
 古墳の本「さいたま古墳めぐり」には、この古墳群について、
 県内でも屈指の楽しい古墳と書かれていますが、
 そこには大いに同感なのでありました。
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■金崎古墳群、大境2号墳。
 開口しているのは玄室部なので、墳丘の周囲は削られ、
 コアの部分しか残存していないということでありますが、
 板状の石を横置きに積み、持ち送りにしてRにした石室を見るにつけ、
 よく残っているものだと感心するのであります。

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■西から。
 立派なケヤキががっつり乗っております。

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■金崎古墳群、大境1号墳。
 金崎古墳群に現存している4基の古墳のうち、
 この古墳だけが開口してないということであります。

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■その大境1号墳の墳頂から見た、メインイベントの大境3号墳。
 ピーナツ?
 径20mに満たない円墳ですが、もっと大きかったのではと思わせる、
 雰囲気がありました。

P1440254
■ピーナツのクビレ部から。
 立て掛けてある案内板の手前の平たい石は、
 崩落した天井石なのでありますね。

P1440253
■拡大。

P1440255
■墳丘の上にある立派な案内板。

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■木の階段で下におりて、

P1440258
■石室正面。迫力があります。
 これ以上の崩落を防ぐ補強工事がされていて、中には入れません。

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■隙間から覗いた内部。
 とても丁寧なつくりであります。

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■少し離れた南側から。
 変形を受けたにしても不思議な形であります。

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■大境1~3号墳から、少し離れた金崎神社のすぐ西側にある天神塚古墳。
 氷雨塚とも呼ばれていたとのことであります。
 番号で言えば大境4号墳。

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■天神塚古墳。

P1440225
■西側から。

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■開口しております。

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■張りのない直線基調の石室であります。

 して、秩父には氷雨塚と呼ばれていた古墳がたくさんあって、
 それだけ開口していた古墳が多かったということだと思うのでありますが、
 この古墳群でも、先の3号墳も氷雨塚と呼ばれていたかもということであります。
 「埼玉の古墳」には、幸田露伴の「知々夫紀行」の引用もありますが、
 この金崎古墳群については、とても興味深いのであります。
 その一部。
 「...氷雨塚というもののこのあたりにあるべきはずなるが知らずやと問えば、
 そのいわれはよくも知らねど塚は我が家のすぐ横にあり...」
 「...大淵、小柱、金崎、皆野、久那、寺尾等秩父郡の村々には
 氷雨塚と称うるもの甚はなはだ多く、大野原には百八塚などいうものあり...」
 それから、この「知々夫紀行」の最後は、深谷から汽車に乗った幸田露伴が、
 コーノスで降りて、人力車を走らせて吉見百穴を見てから、
 また引き返して汽車に乗ったということを、初めて知りました。
 にしても、往復20km以上の距離を、人力車は走るのでありますね。
 それがすごいと思うのでありました。

秩父の古墳めぐり ルート

古墳の本「さいたま古墳めぐり」を完遂をめざすべく、
ポカポカ陽気の一日、秩父に行ってきました。
秩父鉄道を利用した徒歩の古墳めぐりでしたが、
予定していた5か所をすべて見ることが出来て、満足なのであります。

P1440129
■まずは「影森駅」まで行きました。
 この駅は以前、有馬峠に行ったとき以来であります。

P1440141
■そこから「狐塚古墳」を見た後、「お花畑駅」まで歩く途中に見上げる武甲山。

P1440147
■「お花畑駅」で立ち食いました。

P1440149
■駅近くの観光案内板。
 やっぱりそれは「狐塚古墳」ということでいいじゃろか。

P1440150
■「大野原駅」で下車。ちょうどSLが見れました。

P1440152
■なんだかラッキーであります。

P1440170
■横瀬川がグイッと削った「大野原古墳群」の立地に関心して、

P1440178
■グーグルまかせの道を歩き、

P1440203
■和銅大橋で荒川を渡り、「飯塚・招木古墳群」を見て、

P1440205
■戻って荒川右岸を歩き、「大塚古墳」を見て、

P1440214
■うなぎのいい匂いのする「皆野駅」から乗車して、

P1440217
■「親鼻駅」で降りて町を歩き、

P1440219
■親鼻橋で荒川を越えて、

P1440231
■「金崎古墳群(大堺古墳群)」にすごく感動して、

P1440269
■「上長瀞駅」から帰途についたのでありました。

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