451のミニベロ

ミニベロで、雨の心配のない日の自転車通勤や、週末のサイクリングを楽しんでいます。
それから、雪のシーズンには山でテレマークスキーをしたりもしていましたが、このところは古墳めぐりが大好きになりました。
※ 2008年11月 に「OCNブログ人」で始めたブログですが、そのサービス終了のため 2014年10月 こちらに移ってきました。

2017/04

太田部古墳群 塚山へのアプローチ

古墳の本「さいたま古墳めぐり」の完遂でありますが、
秩父の荒川沿いの古墳は見て回ったので、
残っているのは神流川系の塚山の太田部古墳群だけであります。
 ※児玉の普門寺古墳群白岩古墳群については見に行ったものの、
  その群の墳丘を一つも視認できていないので、
  これも見ておかなくちゃでありますけれども。


P1450027
■して塚山に行くには、今まで当たり前に神流湖側から、
 太田部耕地(集落)経由で行くものとそう思っておりました。
 ただこのところ、西秩父の地図をグリグリ見ておりましたので、
 土坂峠から往復もどうなのじゃろと考えていたのであります。

tuka
■旧土坂峠というのか本土坂峠というのか、とにかく、
 そこから波線をたどり、978峰から尾根伝いに907峰を経由して、
 塚山に出るルートであります。
 古墳群と塚山神社跡は、山頂の北東側すぐの高原状の場所にあるので、
 塚山山頂に至れれば、古墳群を探すのも難しくない。

 となれば、塚山を目指した先達登山者の山行記録が参考になると、
 探し始めたら、確かに歩いた記録がいくつか見つかりました。
 これ、とても参考になります。
 まさに土坂峠から塚山のピストンの記録もありましたし、
 もちろん太田部集落から塚山のピストンもありますし、
 山頂から、978峰の西にある849峰のさらに西のテレビ中継塔の、
 舗装された作業道を使って、塚山から万場方面に抜ける、
 縦走の記録もありました。
 して、それらを見ていたら、
 978峰は竹ノ茅山(たけのかややま)というのを知りました。

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■塚山を東側から。byGoogle。
 (1)は、太田部集落からのダイレクト
 (2)は、土坂峠から竹ノ茅山を越えて塚山
 (3)は、テレビ中継塔から竹ノ茅山の北面を巻いて塚山。

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■塚山を西側から。byGoogle。
 (2)の土坂峠からが、標高差が少なく、
 車を使ってのアプローチに無理がなく、効率が良いと思うのであります。
 それは古墳群で時間をたっぷり使えるということであります。
 (3)のテレビ中継塔経由は、ところどころ展望が良さそうだし、
 シカの食害で数は減らしているとのことですが、
 カタクリの自生地「大場平」があるので、それも楽しむことができる。
 それだと、3月でありますか。

 少しづつ緑が濃くなっていくこれからの季節、
 藪の古墳めぐりはいまいちになりますので、
 来年、カタクリが咲く頃なのか、とにかく冬枯れの時期に、
 行ってみようと思うのでありました。
 例えば、土坂峠北側に車を置いて、竹ノ茅山経由で塚山に行き、
 古墳群を見た後は、竹ノ茅山の北面を巻いてテレビ中継塔を経由して、
 そこから土坂峠に戻る、そんなルートであります。
 

再び、城峯山南麓 (3)

P1440842
■日野沢川沿い、秩父華厳の滝に向かう途中の左手にある、
 櫓みたいなものはなんでありましょうか。
 大前耕地を通り、大前山から破風山へ至る登山道の入口、
 いわゆる秩父華厳の滝登山口であります。

P1440845
■少し下流の石垣が残る中世の阿左美氏館との関係があるのかしら。

P1440848
■秩父華厳の滝。
 計画では、この先から奈良尾耕地までゼーハーであがり、
 平坦に作られた奈良尾と門平の連絡道を通って、
 上から門平を眺めてみたいというものでありました。

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■それは569の尾根を巻く道であります(右上の赤矢印)。
 それから神社(右上から2番目の赤矢印)を見て、門平に出る前に、
 もしかしたら谷越しに耕地の全景が見れればという計画であります。
 ただそれまでの無慈悲なアップダウンに少しやられておりましたし、
 そのせいなのか、今日はなんだか、もともと、朝から、実は、
 体調が万全ではないかもしれないなどと考え始めておりましたので、
 帰る方向の匂いがする小前に向かったのであります。

P1440849
■小前入口のバス停の前に座って、
 お茶を飲みながら、地図を見て、しばらくもじもじしておりました。
 バス停の場所は、以下の地図の青矢印であります。

jyo3
■机上の計画は、
 門平の後は、バス停の小前入口から登り、小前とは逆方向の、
 579を目指してさらに登るというものでした。
 それから立沢に行って、そこからダイレクト(左下の赤矢印)。
 実際は登りの一番少ない、小前に上がってから降りるの道でありました。
 
P1440851
■小前耕地。

P1440892
■もう少し左手からでした。
 『秩父悲歌』 (清水武甲 春秋社 1971)

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■小前耕地の中心部。
 傾斜のせいか、他の耕地に比べ、比較的ゆったりとした印象があります。
 でも耕地の端からは、やっぱり急な下り坂で、そこを慎重に下りて、

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■阿熊川沿いに戻り、

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■下吉田に降りてきたのであります。

再び、城峯山南麓 (2)

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■沢辺から重木耕地に向けて登り始め。発祥の地であります。
 基本は自転車で通り抜けられる道を選んでいましたが、
 ここは往復でも見たかったのです。

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■写真よりもっと薄暗いと感じた沢筋の比較的まっすぐな道。
 やっぱり、乗るより押しているほうが多いのでありますが、
 きついなぁと思ったら勾配18%でありました。
 ただこの先、集落の手前で、勾配はさらに増すのであります。

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■そこをゼーハーで登り切る直前。
 左下に見えるのは旧道でありましょうか。
 このあたり勾配24%の箇所もありました。

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■登り切って上から見下ろすの図。
 ここまでくれば、重木耕地はもう一息であります。

P1440823
■耕地の入口。

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■重木耕地。

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■耕地間を結ぶ生活道の案内板。

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■上の案内板の位置は、赤矢印のあたりだと思われます。
 『秩父悲歌』 (清水武甲 春秋社 1971)

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■耕地を抜けて、藤原に向かう道。

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■耕地を抜けて小松方面。
 この道幅は、荷馬が行き交いよく踏まれていた時から、
 変わっていないと思われるのであります。
 畑仕事をしていたおばあさんと少し立ち話をして、
 「それで、どこに行く?」と聞かれて、「門平」って言ったら、
 「小松から行ける」って言うので、そこはすごく歩いてみたいのだけれど、
 「自転車だから、いったん下まで降りてから行く」って、そんな話をしました。
 それから、石ころに乗り上げたら前転してしまうと感じる下り坂を、
 ブレーキ握りしめて下りたのであります。
 ...つづく。

再び、城峯山南麓 (1)

いくつか見たいものがあり、また行ったのであります。
P1440794
■狭い谷あいにまとまって開けた耕地がある大神。

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■赤線。
 破風山の周囲を反時計まわりに。
 門平の周辺もグリグリ走る計画で、それは後半の楽しみでありましたが、
 前半でおなかが一杯になって、はしょったのでありました。

sigekiA
■高松への登りも、重木への登りもゼーハーになりました。
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■赤平川に沿って、下り基調で走りだして、

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先日の国神の大イチョウにも寄ってからは、
 日野沢川に沿いに、いくつかの耕地を目指すであります。

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■高松への登り。
 乗るより押しているほうが多いのでありますが、
 押すのが重いと感じる、勾配18%の箇所もありました。

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■やっとのこと段丘の上に上がった感じで高松に着きました。
 
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■ちょっと進んだ先から。

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■そこからは蓑山と皆野の町が見えました。

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■地図で高松から大神に向かう尾根越えの道にあった案内板には、
 進む先に高松と書いてあったので、たった今、通ってきた集落は、
 高松ではないのでありますか。ここは不明なところであります。
 して石仏群がすぐそこと書いてありますので、自転車を置いて、
 歩いて見に行ったのであります。

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■歩き出したらすぐ、右上に石が見えました。

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■石仏群。ここは峠であります。
 右から歩いて上ってきたのでありますが、左には大神に向かって下りる道。
 真ん中に登っている道は、どこまで続くのかはわからないですが、
 地図上で598.2の三角点ピークから伸びる尾根であります。
 このちょっと右上によく公園とかにある柵が見えたので上がってみました。

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■これ。
 壇状であります。

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■少し奥から。

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■壇の上からは、蓑山と皆野の町、右奥に武甲山が見えました。
 東南の方向で、月を眺めた場所でありましょうか。
 展望を楽しんだら、自転車に戻り、ちょっと下ったら大神であります。

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■狭い谷あいに、傾斜の緩いまとまった平地が広がっていて、
 すごいと思うのであります。

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■耕地の周囲には防護柵が。

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■日野沢川に下りる道で、谷筋の若浜が見下ろせました。

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■下った先は日野沢川でありますが、この下りは勾配20%でした。

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■下りてきて若浜。
 ...つづく。

城峯山 山頂

秩父華厳の滝から奈良尾峠に向かうであります。

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■奈良尾耕地。
 右に小松耕地への車道分岐。

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■自転車を押すのもきつい上り坂を進み、

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■あの上の道に行くには、そろそろ左につづら折れるのかしらなどと、
 思いながら押し歩きしていたら、

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■このハングした、道にカブっているすごい岩を見て、
 曲りどころを間違えたのにやっと気が付きました。
 この先は旧道で登山道であります。
 正しい分岐まで引き返しました。

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■その上の道からの奈良尾耕地。

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■奈良尾耕地を過ぎれば、山頂までは集落はなく、
 日も陰ってちょっとさみしい道をひたすら登るだけであります。

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■空が広くなったと感じてくれば、ほどなく奈良尾峠。

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■峠を過ぎて、やっと上州側が見えました。

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■爽やかな高度感がある道を進み、

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■城峯山の山頂電波塔がやっと見えた場所。

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■この先は太田部峠方向ですが、通行不止めでありました。
 太田部峠から石間に下りる道で、上から横道耕地を眺めるのが、
 城峯山に登るよりも後半のメインイベントのつもりでいたので、
 そこは残念でありますが、次回であります。
 ここから城峯山の南面に回り込んで神社に行きました。

P1440709
■城峯神社参道。
 この手前に自転車をデポして歩きはじめました。

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■城峯神社。

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■神社の左手から山頂への登山道が上がっております。

P1440719
■こんな道や、

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■こんな道を登りつめて、

P1440723
■電波塔が見えれば、山頂であります。

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■一等三角点の城峯山山頂。
 電波塔中段が展望台になっておりますので、もちろん上がりました。

P1440731
■連なる山、山、山であります。
 中央左に両神山。その右手前はパックリ割れてる二子山。
 左下に見えている集落は半納耕地と沢戸耕地でありましょうか。

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■西上州、スーパー林道のスカイライン。

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■神流湖方面。

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■秩父市街方面。中央は武甲山。

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■その拡大。
 暑い日でしたが、山頂に吹く風はやっぱりちょっと冷たくて、
 少し寒さを感じました。

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■しばらく展望を楽しんだら、来た道を下りるであります。

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■神社の上まで下りてきました。

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■石間峠までは戻らずに下りるであります。

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■ちょっと下りた所から見上げた山頂の電波塔。
 この下りは斜度がある上に、落石がザラザラしてる箇所もあって、
 ハードであります。
 ブレーキを持つ手が疲れるので、時々休みながら、
 しかしあっと言う間に下りたのであります。
 横道耕地を上から見るのは、また、別のルートでトライしてみようと、
 そう思いながらの帰り道でありました。

城峯山 南麓

夏日の暑い一日でありました。
西秩父、城峯山の山麓に点在する耕地(集落)を見たさに、
下吉田から城峯山をクルッと回りました。

P1440691
■桜と奈良尾耕地。

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■城峯山からは、太田部峠にまわり、先日の石間川沿いを、
 降りてくる計画でしたが、落石通行止めだったので、
 ハードな阿熊川沿いをブレーキ持つ手が痺れながら降りてきました。

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■城峯山への登りはやっぱりとても絞られましたが、
 山麓に点在する耕地を隔てているのは、谷や尾根でありますので、
 そのちょっとしたアップダウンジャブが効いたとは思うのであります。
 9時過ぎに出発して、往復30分ほど歩く城峯山山頂は14時。
 再び自転車に乗って、40分ほどで出発地点に戻ってきました。
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■下吉田と桜と、奥に武甲山。

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■阿熊の谷に入るとすぐ、窪田巡査殉職の碑がありました。
 椋神社での武装蜂起前日の最初の戦いでのことであります。
 車道から少し上がったところにありますが、
 もともとはそこが道だったとのことであります。

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■彦久保。
 右奥に金岳の岩峰が見えております。

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■「天狗の石」を過ぎたあたりから振り返ってみた金岳。

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■取り壊しでしょうか。

P1440643
■横田倉。

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■立沢近く。

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■上日野沢への分岐を上部から。
 帰りに写真を撮った背中側から降りてくることになるのは、
 もちろんこの時は知らないのでありました。

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■立沢。

P1440661
■門平に向かうきつい登り。

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■門平を西側から。

P1440663
■門平の高札場。
 S48に復元工事されるまで、江戸時代からのものが立っていたらしいと、
 案内板には書いてありました。

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■小前の八坂神社。
 武装蜂起の日時を決めた小前会議が行われたとされる場所であります。
 彫られた名前もありました。

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■小前耕地上部。

P1440681
■秩父華厳の滝。
 狭い谷に、とにかく大きいものでした。

P1440679
■滝の上から。下に寝そべっている人が見えました。
 この手前で、少し国神方面に下ると重木耕地の入口ですが、
 次の楽しみとして、ここからいよいよ城峯山に向けて、
 奈良尾峠の登りに入ったのであります。
 つづく。

西秩父 (3) 古墳

吉田と小鹿野で見て回った古墳であります。

P1440539
■世界の奇獣、パレオパラドキシア。

 所有のガイドブックに載っていない古墳の有り無しや、
 その位置も含めた基本情報、見つけた古墳の同定情報などは、
 埼群古墳館 様より得ております。Powerd By であります。
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■井椋塚古墳。
 下吉田の椋神社そばにある芦田古墳群の1号墳。墳頂に小さな祠。
 工場の敷地のなかに残されているので、
 そこにあるとわかって行かないと見つからない場所であります。

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■丸山塚古墳(小鹿野町)。
 径30m、高さ5mの円墳で、秩父では指折りの大きさであります。
 住宅地の中にあるので、近づかないと見えないのでありますが、
 見えた時はそのどっしりとした姿に感動するのでありました。

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■東側に鳥居。

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■丸山古墳(小鹿野町)。
 先の古墳と名前が紛らわしいところでありますが、こちらは「塚」がない。
 径11m。

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■小さな石がたくさんありました。

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■道の先、道にかぶるように、お塚古墳(小鹿野町)が見えております。

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■これ。佇まいがいいのであります。
 測量調査の結果、上円下方形ということでありますが、
 見た目は円墳であります。
 塚の可能性もあるということであります。

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■こじんまりと。

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■墳頂から。

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■小鹿原古墳群(小鹿野町)のあたりを少し回ってみたけれど、
 よくわからないのでありました。
 ちなみに、小鹿原はオガハラではなくオシカハラと読むとのことで、
 よそ者には難しいところであります。

P1440511
■小鹿塚古墳(小鹿野町、小鹿原古墳群)
 オシカ塚古墳(オガノ町、オシカハラ古墳群) うみゅ。
 奥に秩父宮殿下の御染筆による「小鹿野碑」が建立されていて、
 そこが前方部の前方後円墳という伝承があるが、
 確認できていないとのことであります。
 もし前方後円墳であったなら、500基はあったとされる秩父盆地の古墳で、
 唯一のものとなるのであります。

P1440513
■奥に回ってみたところ。
 しかし、前方後円墳だったかどうかが不明というのは、
 なんだかしっくりこないのであります。

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■千尋原古墳群(小鹿野町)、No147号墳と思われる古墳。
 このすぐ北側に3基ほど並んでいました。

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■千尋原古墳群(小鹿野町)、No151号墳。

P1440523
■千尋原古墳群(小鹿野町)、No150号墳。
 肉眼では、自転車の奥に、先のNo151号墳の裏側(南側)が、
 見えておりましたが、写真だとはっきりしないところであります。

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■千尋原古墳群(小鹿野町)の、氷雨塚。
 開口しております。

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■古墳の東側。

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■たんぽぽ。

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■天井石が露出した墳頂から、南西方向。
 奥の建物は温泉施設で、そこに隣接する「般若の丘」公園には、
 大世界のまたとない奇獣、パレオパラドキシアの、
 実物大のリアルな複製があるのを後から知りました。
 機会があればぜひ見に行きたいものであります。

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■その氷雨塚のすぐ東隣りには、千尋原古墳群(小鹿野町)のNo143号墳。

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■「ようばけ」そばの、山の神古墳(小鹿野町)。

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■とてもきれいに手入れされた古墳であります。
 おくの崖が「ようばけ」。

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■小暮古墳群1号墳の行人塚古墳。
 改変を受けていますが、高さはありました。
 すぐ近くに径30m前後の、大きな牧林古墳があるのでありますが、
 藪で墳丘はよくわからずでありました。

 その他には、かつては80基(現20基強)あって、塚原と言われていた、
 地域では最大の群集墳だった取方古墳群など、いくつか古墳群がありますが、
 次回の楽しみとしました。

西秩父 (2) 石間

小鹿野町をグルッとまわり、また下吉田に戻ってきました。

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■レンガ作りの武毛銀行本店。
 襲撃を受けた金崎の永保社が国神銀行になり、
 名称を武毛銀行に変えて、この地でこれを作ったということであります。
 当時は今よりさらに周囲から浮いた建物だったと思うし、
 場所もなんだか興味深いところであります。

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■現地案内板。

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■井上伝蔵屋敷跡。

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■現地案内板。

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■万年橋のたもと。
 いよいよ城峯山に続く石間の登りであります。
 13時ちょっと過ぎ。

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■これは、山を後回し決めて通り過ぎた10時頃。

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■石間川に沿って、半根子、沢口、漆木、中郷耕地(集落)と続き、
 突き当たって沢戸、右に折れて半納であります。
 1時間ちょっとくらいで登れればとゆっくり進みます。

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■奥の山の中腹に沢戸耕地が見える場所。
 まだまだであります。

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■廃校になった旧石間小学校。
 まとまった平地の少ない谷あいに、びっくりするぐらい広い敷地と、
 立派な建物でありました。
 ここは今、資料館として使われております。
 入館には予約が必要と事前に調べていたので、
 素通りの予定でしたが、玄関ドアが開いているように見えたので、
 フラフラと近づいてみたのであります。

P1440568
■玄関。入館料300円。
 誰か入館された方がいて開いているのか、だとしたら、
 おまけで中に入れるかもしれないと考えたのでありますが、
 しかし、ここにきて小銭を切らしているのを思い出したのであります。
 万札ではご迷惑と思い、引き返しました。

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■正面に見上げる沢戸耕地。

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■迫力であります。
 山城のようでもあります。

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■とても大きな鳥居。
 このあたりから登りがきつくて、押したり乗ったりしながらであります。

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■それまでは、集落の人の生活の気配がありましたが、
 半納までの登りは、山道になりました。

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■登って、

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■視界が開け、先の沢戸耕地を見下ろす位置までくると、

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■半納耕地であります。
 写真ではわかりにくいですが、道路から家に上がる道の傾斜は、
 ほんとにすごくて、軽く目まいがしました。

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■半納耕地上部。

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■ここに自転車を置いて歩きました。

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■「堂の尾根」への登り。
 傾斜はありますが、一息であります。

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■おぉ、あれです。

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■おぉ、常夜灯に庚申塔もある。
 火の見やぐらは、思い描いていたイメージでは、
 もう少しひょろっとしていて、屋根が笠のようで、
 しかも少し傾いているのでありますが、がっちりしておりました。

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■『写真でみる秩父事件』から
 (品川栄嗣・井上光三郎 著 新人物往来社 1982 )

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■がっちりと。 

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■すごい場所にあるものであります。

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■やぐらの上には、ウーウーが設置されておりました。
 ここで、しばらく周囲を眺めていたのであります。
 下は半納耕地。

P1440606
■やぐらの上から見る横道耕地方面。
 以下は印象的な写真。

P1440623
■『秩父悲歌』 (清水武甲 春秋社 1971)
 今から約50年前ごろの写真だと思われます。
 万場と鬼石から上がってきた警官隊を奇襲したのは、
 先に見える民家のあたりでありますか。
 それは今から130年以上前。
 
P1440622
■「秩父悲歌」からもう一枚。
 ここでは「横道部落」と書かれています。手前の木の裏あたりが、
 堂の尾根の火の見やぐらでしょうか。
 以前、太田部峠に行ったときは、林道が出来たせいもあり、
 もう使われていない峠でありました。
 この撮影場所は、大田部峠より秩父側に下った場所からでありますか。

DSC_0123
■後は、あっというまに下って道の駅にもどり、野菜を買って、
 復元の丸井商店を眺めながら、山菜そばを頂きました。
 おいしかったです。

西秩父 (1)

P1440616
■半納横道の「堂の尾根」にある「火の見やぐら」と「常夜灯」。
 この景色や、谷沿いの傾斜地に点在する耕地(集落)を見たいのと、

P1440509
■小鹿野の古墳を見たくて、自転車で回ってきました。
 上の古墳は、小鹿野町般若にある「お塚古墳」。

wccb
■全体図。
 まず石間川沿いに登り、半納耕地を往復してから、
 小鹿野町にと思っておりましたが、霧雨模様で雲が低く、
 山は後回しににしました。
 天気が多少回復する見込みでもありましたし。

alti
■最高到達点は、半納の横道というか堂の尾根の火の見やぐらであります。
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P1440446
■朝の道の駅。
 映画のセットだった復元の丸井商店。

P1440447
■案内板拡大。

P1440449
■左上をさらに拡大。

P1440453
■咲始めた桜にも雨。

P1440456
■椋神社の夫婦クヌギ。
 右奥の山の裾に、木組みの発射台が見えております。


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■椋神社。

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■椋神社から東方面。
 段丘の縁でありますれば、神社周辺に古墳がいくつかあるのであります。

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■宮戸から丘陵を超えて、

P1440474
■小鹿野町。
 ここで休憩していたら、柴犬と散歩のおじいさんが通りかかり、
 「桜はまだ五分だなぁ、来週の祭りの時がちょうどいい具合だなぁ」
 ということでした。

P1440490
■町の中を走り、

P1440502
■般若地区も走り、

P1440540
■奥の、地層が露出している崖(ようばけ)近くの、
 「山の神古墳」を見に行った後、そばの「おがの化石館」に行きました。
 入口の目立つところに並べてある置物。
 不勉強な私には、どうしてこんなところで、
 出っ歯のカバがとても嬉しそうにしているのか疑問でしたが、

P1440541
■カバじゃないんですね。

P1440542
■世界の奇獣「パレオパラドキシア」ということであります。

P1440543
■うみゅ。

P1440544
■魚の化石。 ......つづく。


秩父 皆野散策(3)

稲穂山古墳は、平成になってから発見された古墳で、
他の秩父の古墳が河岸段丘に立地するのに対して、
蓑山の西端とはいえ山中に位置するのが特徴であります。

P1440404
■古墳がこの公園の敷地内にあるのは、他の人のブログで分かりました。
 入場料500円というのも読みましたが、古墳見たさでありますので、
 仕方がないと思っておりました。
 ただ入口ゲートの右側の案内版を見たら、入場料300円と書かれた紙が、
 上に貼られておりました。うみゅ。
 それから、急坂を登った先の案内所で入場料を払おうとしたら、
 理由は聞かなかったけれど、今日は無料ですということでした。
 うみゅ。

P1440406
稲穂山古墳。

P1440407
■すごい傾斜の少しイラッとする道を登り、

P1440408
■前方にそれらしきものが見えてきました。

P1440410
■低木ばかりなので、見晴は素晴らしいのであります。
 今日歩いたコースがほぼ入っているビューであります。
 
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■破風山方面。
 ぐりっと眺めていたら、先の小柱地区にある、
 オープンな雰囲気の神社が見えました。

P1440418
■ズーム。

P1440422
■もうちょっと登って、

P1440423
■だいぶ近づいてきました。

P1440427
■稲穂山古墳。東から。
 今は整備され間伐されているので、墳丘の形がよくわかりますが、
 そうでなければ、近くまで行ってもわからなかったと思うので、
 よく見つかったと思うのであります。
 自転車を立て掛けてないので、大きさの比較ができないのでありますが、
 思っていたよりは小さめの印象でした。

P1440428
■案内板。
 径35m~40mと書かれております。左の新聞記事では30m。
 「埼玉の古墳」では径38mであります。

P1440429
■新聞記事の拡大。
 H8年(1996)に発見であります。
 この公園は2002年に出来たと別のブログで見ました。

P1440431
■石が散乱する墳頂と眺め。
 横口がどちらに向いていたかは不明でありますが、
 石室は東西が主軸というこでありますので、宝登山や国神地区方向を、
 向いていたのかもであります。

P1440434
■公園内の帰り道、これも古墳なのかしらと思えるような盛りがもありました。
 広い蓑山山麓には、他に古墳があってもおかしくないのでありますもの。
 して、公園内では天気のせいかもでありますが、他のお客さんには、
 一人も合わないのでありました。

P1440439
■皆野駅で帰りの電車を待っていたら、雲の下に武甲山が見えました。
 昨日からの雨は、武甲山では雪だったのでありますか。

P1440441
■それから、反対ホームになんだか平たい木があるのに気が付きました。
 パネル状というのか緑の看板というのか、目が釘付けであります。
 これすごいなぁと思うのであります。
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