451のミニベロ

ミニベロで、雨の心配のない日の自転車通勤や、週末のサイクリングを楽しんでいます。
それから、雪のシーズンには山でテレマークスキーをしたりもしていましたが、このところは古墳めぐりが大好きになりました。
※ 2008年11月 に「OCNブログ人」で始めたブログですが、そのサービス終了のため 2014年10月 こちらに移ってきました。

2017年01月

誕生日

カミさんの誕生日なれば、帰りにケーキ買ってきたなり。
P1430930
■小さいのをいくつか。
 感謝。

 ケーキ屋さんはオープン2年目でありますが、
 場所が高坂古墳群エリアなのであります。
 数年前まで墳丘が残存していた前方後方墳の高坂古墳群8号墳や、
 高坂古墳群9号墳(高坂神社古墳)のすぐそば。
 なので、あの ピカピカの三角縁神獣鏡 が出たすぐそばでもあります。
 うみゅ。

鹿島古墳群へ

冷たい向かい風のなかを、荒川に向かったのであります。

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■丘陵を抜けて、

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■日陰には朝方の雪がうっすらと残っていたので、
 滑らないように硬直しながら、

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■着きました。
 鹿島35号墳。小さな稲荷社。

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■葺石だろうか。小さめの石だらけであります。

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■鹿島古墳公園のメインエリア入口にある案内板。

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■下草が刈られているので、藪に悩まされることなく、
 群集墳を歩いて見て回れる。やっぱりいい所だなぁと思うのであります。
 基本葺石がありますので、この景色は当時は以下のように、
 見えていたはずです。

P1430845-2
■イメージ。

P1430853
■先の景色の中央に見える赤さびた案内板はこれであります。
 ところどころしか読めないのでありますが、
 最後の方は、「昭和四十?」と「川本村長」と書かれているように思えます。
 県指定史跡になった頃のものでありましょうか。

P1430858
■墳頂から南の展望。

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■鹿島66号墳と思われる円墳。

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■この古墳に限らずですが、墳丘には葺石。

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■公園の幅が狭まった個所。西の眺め。

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■公園西側の鶏舎が近い林の中。

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■古墳群のほぼ西端から東方向。
 ここでもかつての景色は、

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■イメージ。

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■して、あれが見たかった3号墳と思われる盛であります。

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■南から。

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■西側。葺石と思われるものが。

P1430891
■北から。うみゅ。
 それから、吉野川を渡ったすぐに、ます塚古墳という、
 1辺10mの方墳があったというそれを見に行きました。

P1430892
■ます塚古墳はもう見当たりませんが、すぐ近くにこんなのがありました。
 見たいものが見れたので、あとは帰り道がてらに、
 いくつか別の古墳を見てであります。
 ただ冷たい風が吹く日でありましたので、この頃から、
 もう脳みその大半は、さくら屋であっつあつのかけうどんを食べることばかり、
 考えているのでありました。

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■江南台地に冷たい道で上がり、

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■上がった所。

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■上前原古墳群1号墳。

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■上前原古墳群2号墳。
 しっかりした高さがありましたが、墳頂がぼっこりと陥没しておりました。

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■それから瀞簡院2号墳。

P1430914
■この古墳はいつみてもギリギリ感がすごいと思うのであります。

P1430918
■お昼をとうに過ぎた時間でも込み合っていた店内のカウンターで、
 お待ちかねのうどん。
 体が冷えておりますので、喉が焼けるかと思いました。
 体が温まったあとは、のんびり丘陵を越えて帰るであります。
 

鹿島古墳群の興味

言わずと知れているかは不明でありますが、
100基以上の円墳だけで構成された荒川右岸最大の群集墳であります。

20120131
■2012/01/31の鹿島古墳群。
 西に向かって伸びる道の右側が保存区域内でありますが、
 道の左側にも削平された古墳がいくつもあったというのを、
 この時は知りませんでした。

8f66ddbc
■2015/02/15。
 河岸段丘の縁に沿って並ぶ古墳。

20100411
■2010/04/11。
 古墳だけを見るには、下草がじゃまにはなるけれど、
 桜や菜の花はきれいであります。

して、「埼玉の古墳」や「分布調査報告書」を読んだり見たりしていると、
いくつか素朴な疑問というか興味が湧くのであります。

農地整備でいいのだろうか、県営ほ場整備という事業区域から外れた、
荒川より(北より)の54基が、1972(S47)に県指定史跡となり、
区域内の27基が、1970(S45)に発掘調査されております。
それから時間を空けて、1993(H5)からの古墳公園化構想が始り、
今に至るというのが、おおまかなところであります。
そもそも100基以上という古墳群でありますので、
古墳公園内に保存されている古墳以外の古墳は、
どのあたりにあったのか?
今も何か痕跡が残っているのか?
2000年になっても新たな古墳跡が見つかったりしているので、
まだもっともっとあるのでありましょう。

※埼玉の古墳
 塩野博(2004) 『埼玉の古墳:大里』 さきたま出版会.
※分布調査報告書
  『埼玉県古墳詳細分布調査報告書』 埼玉県立さきたま資料館(1994)埼玉県教育委員会.


KT60AEZ-CA101-1021_19601128
■1960年11月(S35)の鹿島古墳群。
  出典:国土地理院 「KT60AEZ-CA101-1021」をトリミング。昭和35年(1960/11)撮影。

kasima_p2
■以前に撮影した現地案内板の一部。

kasima01
■重ねるとこんな感じであります。
 径10mクラスの円墳が多く、径20mクラスがポツポツと点在しておりますが、
 左側、保存区域外のあたり(区分けでは台支群南)に大きな円墳が多く、
 特に8号墳(赤矢印)は、周堀の調査から径約38mとのことで、
 ひときわ大きい古墳であります。
 発掘調査時は10mクラスの墳丘しか残存していなかったとのことでありますが。

CKT7418-C86-10_19750115(昭5
■1975年1月(S50)の鹿島古墳群。
 農地整備の後でしょうか。S35に比べ、農地の区画が大きく直線的になり、
 保存区域外の古墳は削平されているように見えます。
 にしても古墳の際まで丁寧に耕作されているものであります。

  出典:国土地理院 「CKT7418-C86-10」をトリミング。昭和50年(1975/1)撮影。

CKT901-C9-8_19901001(平2)
■1990年10月(H2)。
 保存のための公有地化が、幅の狭いエリアから進捗しているのかと、
 思わせるところであります。

  出典:国土地理院 「CKT901-C9-8」をトリミング。平成2年(1990/10)撮影。


CKT20091-C11-9_20090428(平2
■2009年4月(H21)の鹿島古墳群。
 古墳公園の区画がはっきりとわかる。

  出典:国土地理院 「CKT20091-C11-9」をトリミング。平成21年(2009/04)撮影。

して、「埼玉の古墳」で発掘調査の記録を読んでいたら、
保存区域外で発掘されていないと思われる古墳がありました。
3号墳、4号墳であります。
kasima02
■赤矢印が3号墳。
 重ねがずれているのでありますが、
 右の民家の敷地内なので、農地整備の対象にならなかったのでありましょうか。

kashima-g2
■現在のg航空写真。
 3号墳、4号墳なのかしらと思わせるものが。

kashima-g3
■3号墳と思われる個所のgストリートビュー。
 うみゅ。
 このところ寒いし、今日は朝から小雪が舞っている天気でありますが、
 晴れてきたので、今から自転車でピューッと見に行こうと思うのであります。

清水山古墳群(旧川本町)

shimizu
■清水山古墳群は北側にある鹿島古墳群と直線で1kmも離れておりません。
 両方とも同じような後期の古墳群だと思うのでありますが、
 荒川右岸で比べれば低地にある圧倒的な数の古墳群と、
 台地縁に点在する小規模な古墳群との、お互いの関係性はどうだったのか?
 清水山古墳群の生活圏はやっぱり台地にあったのか?
 不明なことばかりのせいか、興味深いのであります。

P1430814
■工場の跡地から。

P1430817
■清水山4号墳。
 南側を工場用地で削られております。

P1430818
■しっかりとした大きさと高さがありました。

P1430819
■清水山3号墳。
 保存状態は良いように思います。

P1430822
■北側から。
 しっかりとした高さがあるし、2、3mの幅で周堀らしき窪みもありました。
 4号墳、3号墳ともに径20mはありそうな大きさでありました。
 藪が濃く、2基だけで他は見れませんでしたが、
 また見に行けたらと思うのでありました。

してこの場所や周辺の古い航空写真を見ていたら、
またとても興味深いことがありました。
KT60AEZ-CA101-1022_19601128
■まだ工場が建てられる前のS35年の清水山古墳群のエリアでありますが、
 赤矢印のところ、円墳が浮き出ているように見えるのであります。
 これは4号墳、3号墳と思われます。
 以外にも、その右のほうとかになんとなく丸い箇所があるけれど、
 赤矢印の箇所ほど鮮明ではない感じであります。
 出典:国土地理院 「KT60AEZ-CA101-1022」をトリミング。昭和35年(1960/11)撮影。

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■にしても、あれもこれも円墳に見えてしまう。

CKT7418-C87-10_19750115(昭5
■これは工場が建てられているS50年の同じ場所。
 樹勢が強くなったのか古墳が浮き出してはいないのであります。
 出典:国土地理院 「CKT7418-C87-10」をトリミング。昭和50年(1975/01)撮影。

 別の興味でありますが、この工場は1964の航空写真にまだなくて、
 1970には出現しております。
 そして2009の航空写真では更地になっておりました。
 何の工場だったのかしら?

釜場古墳群(旧江南町)

kanba
■分布調査報告書によると、以下すべて円墳で、
 最も大きい4号墳は「富士塚」と呼ばれているとのことであります。
  釜場1号墳-径8m
  釜場2号墳-径6m
  釜場3号墳-径5m
  釜場4号墳-径12m
  釜場5号墳-径8m
  釜場6号墳-径4m
 径5mというのは藪の中ではほんとに小さくて、
 ビートルが1台止まっているのかしらぐらいの大きさな印象であります。

 ※分布調査報告書
  『埼玉県古墳詳細分布調査報告書』 埼玉県立さきたま資料館(1994)埼玉県教育委員会.

P1430781
釜場1号墳。
 肉眼ではもっと古墳らしい高まりと丸みがわかるのでありますが。

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釜場2号墳と思われるもっこり。

P1430787
釜場3号墳と思われる小さなもっこり。
 歩いているとわかる不自然な盛りであります。

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釜場4号墳(富士塚)と思われるもっこり。
 確かに比較すると大きくて、3か所の掘られた跡がありました。



江南台地の縁辺部

雨上りの午後、先日の上大塚古墳群1号墳のような、
眺めの良い台地端に立地する古墳見たさに出かけたのであります。
清水山古墳群から、上前原、行人塚、瀞簡院、天神山などの旧江南町の、
古墳群を回ろうとという計画であります。
ただ途中の丘陵の古墳群で時間がかかったり、
うどんを食べちゃったりで(これはたいしてロスにはなっていない)、
日没が迫ってきたので、旧川本町の清水山古墳群を見た後は、
一目散に帰ってきたのでありました。

shimizu
■左は先日のトラック。

P1430772
■雨上りの丘陵。

P1430773
■道の途中にある日向古墳群(旧江南町)の2基を探したけれど、見つからず。

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■カンパ沼(釜場沼)先の新沼から、釜場古墳群を見に行きました。

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■道の途中、上原古墳群の2号墳。
 道路側が削られていますが、径30m円墳の迫力であります。
 個人宅の庭だと思うのですが、いつ見てもきれいにされていて、
 すばらしいと思うのであります。

P1430803
■そのすぐそば、同じ地内に上原古墳群の1号墳。径24mの円墳。

P1430808
■遅い時間でしたが、千代屋の暖簾が出ていたので、
 つい食べちゃいました。

P1430810
■食べた後は西に向かい、

P1430811
■清水山古墳群への北からのアプローチ。
 篠藪がすごいのでこっちからはあきらめ、南側の造成地から見に行きました。

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■その後、暗くなる前に帰らなくちゃであります。

小前田古墳群 (寄居町&旧花園町)

前記事、花園 うどんと古墳群 で巡った古墳群のひとつであります。

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■拡大。
 旧花園町側が小前田古墳群、寄居町側が中小前田古墳群、
 地図左上の桜沢地区にも10数基の古墳があって、それは桜沢古墳群。
 それら3つを総称して小前田古墳群というと便利だということであります。
 かつて100基以上の古墳があって小前田百塚と称されていたとのこと。
 今、はっきりと墳丘が残っているのは、
 桜沢小学校校庭内にある大塚古墳と呼ばれる古墳と、
 赤枠内の3、19号墳の合わせて3基だけということでありましょうか。

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■小前田19号墳。径20mの円墳。
 南側から撮った写真。北側は宅地に食い込まれて削られておりました。

P1430751
■小前田3号墳(稲荷塚古墳)。
 現状で全長28mの前方後円墳ということであります。
 あとから思いましたが、稲荷塚というからには、
 鳥居や祠がありそうでありますが、そういうものは見当たらなかったように、
 思うのであります。

P1430752
■後円部。

P1430761
■案内板。
 中小前田古墳群のくくりだと7号墳。これややこしいのであります。
 通称「神武様」と呼ばれていたのでありますね。

P1430759
■前方部から後円部。
 古タイヤがクビれにそっております。
 平らになった墳丘の上部の縁に沿ってフェンスがあり、
 まるまる児童公園になっております。

P1430754
■小前田3号墳からみる19号墳。
 もっこりしております。

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■して古い航空写真を見たら、ポコポコしておりましたので、
 分布図と見比べておおよその番号をふってみました。
 S35当時は、少なくとも30基以上は墳丘が残っていたという勘定であります。

  出典:国土地理院 「KT60AEZ-CA91-1110」をトリミング。昭和35年(1960/11)撮影。


g
■現在のg地図。

箱崎古墳群 (旧川本町)

前記事、花園 うどんと古墳群 で巡った古墳群のひとつであります。

hanazono
■2006年に、川本町は花園町、岡部町と共に深谷市に合併したので、
 今は荒川の南側も深谷市なのであります。
 江南町も同じくらいの時期に熊谷市に合併したので、
 やはり荒川の南側も熊谷市なのであります。
 荒川の南は近頃の大里郡というイメージが強いので、
 なんだか変な感じなのでありますが、古くからの大里郡というくくりで見れば、
 市町村の結びつきは自然でもあると思うのであります。
 して現在、大里郡と付くのは寄居町だけでありましょうか。

hakozaki
■拡大。
 荒川中流域の左岸右岸には、鹿島古墳群のように、
 100基を超える大規模な古墳群から、数基ほどの小規模な古墳群まで、
 数kmおきにほいほいとあるのであります。
 箱崎古墳群は30基以上ということで、中規模ということでいいでしょうか。

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■箱崎古墳群のエリア東端から南西方向の眺めであります。

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■箱崎29号墳。

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■半分ざっくりないように見えます。

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■箱崎29号墳。

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■盛土が減ったのかぺシャッとしております。

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■箱崎4号墳。
 西側の道沿いから見ると、古墳らしい姿をしておりますが、
 奥行きがない土塁状であります。

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■箱崎22号墳。

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■箱崎19号墳。
 改変されております。

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■箱崎15号墳。
 言われないとわからないぐらいペシャンコであります。

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■23号墳のあたりにあるような盛り。

P1430736
■箱崎古墳群の西端。それにしても荒川が近い。
 この写真の右のほう150m位の場所に、
 「将軍塚古墳」と呼ばれていた大円墳(箱崎5号墳)があって、
 今は消滅しておりますが、古い航空写真を見たら、
 それらしいのがありました。

S1
■赤矢印。
 出典:国土地理院 「USA-R465-No1-53」をトリミング。昭和22年(1947/11)撮影。

S2
■拡大。
 径30m弱くらいじゃろか。
 周堀のように見える白い縁も墳丘なら、もうちょっと大きいかもであります。
 うみゅ。

上大塚古墳群 (旧川本町)

前記事、花園 うどんと古墳群 で巡った古墳群のひとつであります。

hanazono

kamiootuka
■拡大。
 江南台地の端でありますが、吉野川が流れ少し半島状になった立地。
 その半島状の先に「大塚」とあるので、ひょっとしたら以前は、
 もっと大きな古墳があったかしら。
 それとも、1号墳が径25m、高さ4mと「埼玉の古墳」にあるので、
 それが大塚なのか。
 円墳の大きさの規準は不明でありますが、
 個人的には径30m以上だと大きな円墳だと思っているので、
 径25mはまぁまぁ大きいという印象であります。
  塩野博(2004) 『埼玉の古墳:大里』 さきたま出版会.

P1430682
■上大塚2号墳。東西径15mの円墳。
 墳頂に板碑やらがたくさんあって目立つ古墳であります。
 この古墳があるせいで道をまっすぐ作れなかったと思われるくらいなので、
 とにかくすぐにわかりました。

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■上大塚1号墳。径25mの円墳。
 江南台地の端なので、北方面の見晴がすごいのであります。

P1430691
■確かに古墳の高さはあります。
 西隣の工場敷地造成なのか西側がばっさり削られております。

P1430692
■登ってみたところ。
 西側がばっさりで半円状ですが、北側もだいぶ削られているようです。

P1430708
■上大塚3号墳。南北径15mの円墳。
 林の中にひっそりとありました。

花園 うどんと古墳群

冷たい風の吹く日でありましたが、
古墳群を巡りながら花園でねぎたっぷりのうどんを食べる計画であります。

P1430667
■北西に向かう道は基本向かい風で、
 ただただ帰り道の追い風を楽しみに我慢するのでありますが、
 丘陵に入りこむと、風がさえぎられてひだまりの暖かい道があって、
 ありがたいのであります。

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 所有のガイドブックに載っていない古墳の有り無しや、
 その位置も含めた基本情報、見つけた古墳の同定情報などは、
 埼群古墳館 様より得ております。Powerd By であります。
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P1430679
■気持ちのいい道。
 この先、丘陵を抜けたら江南台地であります。

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■上大塚古墳群(画像は2号墳)をグルグルして、

P1430714
■畠山重忠公。

P1430727
■箱崎古墳群(画像は4号墳)をグルグルして、

P1430743
■ねぎたっぷりの天ぷらうどん。
 農産物直売所の直営食堂で、飾り気のない雰囲気が好きであります。
 以前、ごちそう様の時に深谷ねぎはおいしいですねって言ったら、
 「花園ねぎだから」って言われたのをいつも思い出しながら食べるのでありますが、
 今は深谷になってしまったのであります。うみゅ。

P1430750
■うどんに満足した後は、オマエだ 小前田古墳群を見て、

P1430764
■荒川にかかる玉淀大橋を渡っての帰り道であります。
 他にもいくつか見たい古墳群があったのでありますが、
 日没前に帰りたくて次回の楽しみとしました。

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