451のミニベロ

ミニベロで、雨の心配のない日の自転車通勤や、週末のサイクリングを楽しんでいます。
それから、雪のシーズンには山でテレマークスキーをしたりもしていましたが、このところは古墳めぐりが大好きになりました。
※ 2008年11月 に「OCNブログ人」で始めたブログですが、そのサービス終了のため 2014年10月 こちらに移ってきました。

2016年02月

柏崎古墳群の疑問

P1420182
■昨日は雨でしたので、図書館に行って、貸し出し可の郷土資料を、
 いくつか借りてきました。
 今日は良く晴れておりますが、朝から強風というか、
 サッシの窓がガタガタいうほどの暴風であります。
 なので家でおとなしくしております。
h2_0002
■柏崎古墳群の分布図。
  金井塚良一(1968)『柏崎古墳群:埼玉県東松山市柏崎古墳群発掘調査報告』 考古学資料刊行会
 4号~7号の古墳が、四角枠の工場建設予定地に入っていたので、
 昭和42年(1967)に発掘調査をした時の資料であります。
 この資料には、工場建設によって消滅してしまった古墳の、
 発掘前後の写真もあって興味深いのであります。
 もっと古い年代の空中写真があれば、もちろん4~7の古墳は写っているだろうし、
 今は原形をまったくとどめていない前方後方墳の天神山古墳(10号)も、
 ひょっとしてそれっぽく写っているかもしれないと探したのが、
 以下の米軍撮影の空中写真であります。

bunpu3
■昭和22年(1947)に撮影された柏崎の空中写真。
  出典:国土地理院 「USA-R402-67」をトリミング
 天神山古墳(10号)の場所は、少し盛り上がりを感じますが、
 木立がなく、やっぱり墳丘上まで耕作されていて、
 エッジがあるようには見えないのでありました。

bunpu1
■その空中写真に分布図を重ねてみたの図。
 ここで、ちょっと気になることがありました。

bunpu2
■建設予定地内の4号~7号の古墳位置が、
 下の2号や上の8号の正確さに比べて、なんだか雑なところであります。
 4号はその左側の木立で色の濃い場所だろうと思うし、
 6、7号も少しずれております。うみゅ。
 それはそうと、発掘調査時に5号はすでに大半が削平されていて、
 わずかな高みが感じられるだけとのことでありましたが、
 昭和22年の写真の段階で、すでにその状態だったということでありましょうか。
 それにしても、4、5、6号とも30mクラスの小さくはない円墳であります。
 このエリアの基礎体力の高さというものを感じるのであります。

bunpu4
■もう少し広い範囲の空中写真と、1号から15号までの分布、
 それに、現在の道路地図を重ねてみたの図。
 13号は、民家が、古墳を、その墳丘にある木立も含めて、
 屋敷防風林に利用しているような配置であります。
 15号も同じ配置でありましたので、
 そういう目で見ると、この13号付近はもっとポコポコと、
 古墳があったのではなかろうかと思える写真であります。
 やはり30mクラスの小さくはない円墳で。

n1
■前図の赤字分布レイヤーを、現在のg写真に重ねてみたの図。
 昭和22年の人力で作業するサイズの田畑のモザイク具合が、
 きれいだなぁと思うのでありました。
 で、柏崎古墳群の疑問でありますが、以下の写真を見ていて、
 思ったことであります。

v1
■昭和22年(1947)に撮影された比企丘陵全体の空中写真。
  出典:国土地理院 「USA-M44-A-5LT-11」

v2
■右側を拡大。

v3
■さらに拡大。
 11号のあたり、白くなっております。
 なんとなく前方後方墳に見える。だとしたら、60mの天神山古墳より、
 さらに大きいのであります。
 白いからってなんだということについては、元がありまして、
 踊る埴輪が出土した野原古墳群の空中写真で、
 白くなっているのが古墳であるという記述を以前読んだからであります。

s1
塩野博(1968) 『埼玉の古墳:大里』 さきたま出版会

■今は手元にあるので、その部分をすぐに読み直せるのであります。
 本文の最後の行の続きは、
 「...「境田二四番」にかかって古墳が、「白く」写し出されているのである。」
 ただ写真を見てもよくわからないのでありますが、
 これが古墳跡であるあならば、白く写っている11号墳のあたりもであります。
 うーみゅ。

江南の 「 踊る埴輪 」 について(7)

ネットでとめどなくクリクリしていたら、
踊る埴輪ハンコを作れることを知りました。

hanko
■このサイトで。

zhkh
■マニアックな(たぶん)、前方後方墳のハンコなんかもあって、
 ちょっとグラッとしました。

本が届きました

P1420181

■本が届きました。
 全5巻セットなので、豪華化粧BOX 専用段ボールに入っておりました。
 早速取り出して、ベストな位置に鎮座したのであります。うれしー。
 支払は同封の振込用紙というのもちょっとうれしいのであります。
 銀行口座でも可とのことだったので、ネットから振込しましたけれども。
 

本を買いました

P1420164
■日曜日の下沼公園ごしの市立図書館。
 例えば柏崎古墳群について調べたいときは図書館に行って、
 1Fの入口そばにある以下の「埼玉の古墳」を拾い読みして、
 それから2Fの比企資料室に行って、
 市町村史や調査報告書を読んだりするのでありますが、
 古墳ファンはたくさんいるようで(?)、
 「埼玉の古墳」は結構借りられていることが多いのです。
 これは手元に置きたい本でありますし、
 思い切って買うことにしました。

5
■全5巻。
 出版社のサイトで注文できました。
 明日届く予定であります。うみゅ。

ウォーキングと古墳(2)


DSC_0713

■今日は2月とは思えない気候でありました。
 3月に入ると、そんな日もあるかとは思うのでありますが、
 2月はなぁと思うのであります。
 して、昨日も柏崎古墳群と古凍古墳群を歩いたのであります。
 約18.5km(カミさんスマホアプリのデータ)。
 写真はレンズ部を綺麗にしたスマホで撮りました。

DSC_0720
■中央に宅地に挟まれてぺったりしている、
 柏崎古墳群10号墳(天神山古墳)。
 もともとは全長60mクラスの前方後方墳で、
 同古墳群のおくま山古墳(前方後円墳、全長62m)と並ぶ、
 大きな古墳だったとのことであります。

※所有のガイドブックに載っていない古墳の有り無しや、
 その位置も含めた基本情報については、
 埼群古墳館 様より得ております。Powerd By であります。
----------------------------------------------------------------------------  


DSC_0723
■なだらかな盛り上がり。
 奥に見える大倉工業埼玉工場の先、直線で500mも離れていない所に、
 おくま山古墳があります。

DSC_0725
■墳丘の縁(?)に沿って回り込める道。

DSC_0727
■天神山というくらいだから、相当の高さがあったのでありましょうが、
 今は、言われなければ古墳とは分からない状態でありました。
 ただ、今日図書館で眺めてきた本、
 「柏崎古墳群 : 埼玉県東松山市柏崎古墳群発掘調査報告」
 によると、古くから耕作されていたとあったし、
 昭和42年頃の写真でも、現状とあまり変わらない感じでありました。

10
■10号墳の向きはこんな感じじゃろか?
 先の本、眺めていただけでうろ覚えの状態でありますが、
 10号墳の平面図があって、その説明に南端のくびれが、
 前方後円墳の名残りだと書かれていたので、こんな感じじゃろかと。

DSC_0748
■低い墳丘の柏崎古墳群11号墳。

DSC_0747
■11号墳の小さな祠。
 左奥に小円墳のようなものが見えたので行ってみました。

DSC_0743
■それ。葺石なのか石室材なのか、ぽいものが見えております。

DSC_0737
■なんだかそれっぽく並べてあるような。
 その後、古凍古墳群のエリアへ。

DSC_0752
■国分牧場でステーキを食べるの気合いでしたが、
 ランチはやめているとの張り紙が。うーみゅ。

DSC_0754
■古凍古墳群かんべ塚。

DSC_0759
■円墳とのことでありますが、削られて残った形がこれなのかしら。
 小さくはない円墳だったのでありましょうか。

DSC_0760
■古凍古墳群No.146古墳。
 径11mの小さい円墳でありますが、藪の隙間から見える墳丘は、
 しっかりと高さがありました。

DSC_0765
■メッキ工場裏の、古凍古墳群No.144古墳。
 敷地内に土の塊の頭だけ出ております。

DSC_0769
■言われなければ古墳とは分からないし、
 頭しか見えないので、言われても「ふーん」ではあります。

DSC_0772
■同じメッキ工場の南側に、古凍古墳群根岸裏12号墳(亀塚古墳)。
 径34mの大き目な円墳であります。

DSC_0773
■メッキ工場資材置き場から。

DSC_0775
■東側に回り込んだ所。
 段丘の上、遠くから見える位置に、この古墳を含め大小の円墳が、
 立ち並んでいたという図であります。

DSC_0782
■かなりの高さと広さを感じる墳頂には、三等三角点がありました。


DSC_0789
■南側から。

DSC_0791
■その12号墳から国道254号を挟んで、古凍古墳群根岸裏4号墳。
 少しだけ小さい径31mの円墳。

DSC_0792
■近づいたところ。

DSC_0797
■根岸裏4号墳の墳頂から見る12号墳。
 茶色屋根の民家の奥。

DSC_0804
■古凍古墳群根岸裏14号墳。径15.8の円墳。

DSC_0807
■庭仕事をしていたおばあさんにお声がけしたら、案内していただきました。
 感謝であります。

DSC_0813
■高さと特に大きさが、だいぶ小さくなってしまったこと、
 おじいさんが子供の頃は、石室に入って遊んでいたこと、
 篠竹がすごいので、生えないようにしていることなど、
 他にもいろいろお話が聞けて、とてもありがたいのでありました。

DSC_0818
■それから、古凍古墳群東町1号墳に向かいましたが、
 その途中で見た左手前と、右奥のもっこりは古墳じゃろか?
 右の犬がすごい勢いで吠えるので、道路から見ただけであります。

DSC_0819
■民家の奥の木立が古凍古墳群東町1号墳。

DSC_0821
■近づけば墳丘があるのを判別できるのであります。

DSC_0823
■しっかりした高さの墳頂には社がありました。

ウォーキングと古墳

昨年12月の自分の健康診断結果を見て、試したいことがあったのです。
それはたっぷり歩くことと、炭水化物摂取を少し減らすことでありました。
たっぷり歩くほうは、12月、1月の休日に280km。
2月になってもまだ歩いております。
そのせいか、再検査で良好な数値が得られました。
増加の一途だった体重も3kg減りました。うみゅ。

P1420157
■こんな歩数計をポケットに入れて、もくもくと歩くであります。
 昨日は、川島のお気に入り卵を買いに行くという目標で、
 22.3km(GPSチェック)歩きました。
 歩数で計算すると、歩幅70cmぐらいであります。
 たぶん歩き始めは歩幅はもっとあると思うのでありますが、
 無事に卵を20個買って、それにキャベツとカブを入れたリュックでの帰り道は、
 疲れもあって歩幅が狭くなると思われるのであります。

 それはそうと、周囲は古墳には事欠かない丘陵と台地であります。
 今日の川島往復では、古凍古墳群と柏崎古墳群を通ってであります。
 以下スマホの写真でありますが、レンズ部分が汚れたまま撮っていたので、
 ぼやけた写真であります。

DSC_0615
■古凍古墳群根岸裏15号墳。
 Powerd By であります。
 藪で墳丘の表面はよくわからないものの、もっこりしていて、
 小さくはない円墳の様子であります。

DSC_0621
■古凍古墳群根岸稲荷神社古墳の立地。
 川を挟んだ対岸から。
 周囲にいくつかある初期の古墳とされる前方後方墳の中でも、
 いち早く作られたものとのことであります。

DSC_0624
■その根岸稲荷神社古墳から西に300mほどにある、
 二つのもっこりはやっぱり古墳じゃろか。
 奥に道路を挟んで、どさんこラーメン。

DSC_0630
■台地の縁に残る ゾウキリ 雑木林と、見晴のよい道を通り、

DSC_0634
■奥に見えるのは、遠目からでもそれとわかる前方後円墳の、
 野本将軍塚古墳であります。
 全長115m。ひょっとしたら埼玉県で一番大きいかもしれない古墳であります。

DSC_0638
■空色ビートルをみて、

DSC_0640
■畑の中にポツンと残る柏崎古墳群3号墳。
 径14.8mの円墳。

DSC_0657
■近づけば、こちら側は削られていることがわかりますが、
 それなりの大きさを感じるのであります。
 右奥に「おくま山古墳」が見えております。

DSC_0659
■さらに近づいた北側の墳丘。
 しっかりとした高さがあります。

DSC_0674
■して、おくま山古墳(柏崎古墳群1号墳)。
 全長62mの前方後円墳。前方部がぺったりと低い形で、
 帆立貝式という雰囲気であります。

DSC_0682
■墳丘に上りました。
 2階建て住居の屋根ほどの高さであります。
 中央右に先の3号墳が見えております。

DSC_0683
■中央に柏崎古墳群12号墳(権現塚古墳)。径38mの円墳。
 大きい円墳でありますが、古墳だと知らずに通っていたときは、
 切り通しと思っておりました。

DSC_0702
■歩道橋に上り、

DSC_0698
■そこから見える、大きな民家の敷地内北側に、
 円墳があるのでありますが、常緑樹で墳丘の判別はできずであります。

DSC_0703
■その家の塀越しに、柏崎古墳群13号墳(稲荷塚古墳)。
 小さくはない径36mの円墳。
 肉眼では墳丘が判別できるのでありますが、
 この写真だとよくわからないところであります。
 この塀の中にあるかぎり安心だなぁと思うのであります。

1974
■そのあたり、歩いたルートと、1974の空中写真。
 貫いているのは国道407号。
 歩道橋はこの時、もうすでにあったのがわかりました。

2004
■同じく2004年の写真。右上の沼は埋め立てられたのじゃろか。
 今度見てこうと思うのであります。

DSC_0706
■右のもっこりが、柏崎古墳群15号墳。径16.9mの円墳。
 ぱっと見古墳のようだけど、近づいてもよくわからない、
 そんな印象の古墳であります。

DSC_0710
■道幅の狭い住宅地で、風にはためいていた日の丸。
 そういえば、近頃なのかもっと前からなのか、
 祝日に国旗を掲げている家って少なくなったなぁと思うのでありました。

最新コメント
記事検索
アクセス数
  • 累計:

livedoor プロフィール
天気
  • ライブドアブログ