夕方、川越を一回りしてきました。4箇所追加のプランであります。
ていうのも、きつい気温差のせいか、このところ少しだるいのであります。
早起きできなかったし、昼間の強烈な日差しの中を走るのはいやだしで、
ジロデイタリアの録画を見て昼間は過ごしていたのであります。
3週目になって大詰めでありますが、どんどん面白くなってきました。
16ステージのコンタドール怒りの登坂とゴール前の気遣いは忘れられない。
がんばれクルイスウィク。
奪われた山岳ジャージを再び取り戻すのだ。総合順位を少しでも上げながら。
して、16時前ぐらいに家を出たのであります。
コーヒー豆を買った以外は寄り道せず、一路川越へ。
■喜多院で夕焼け。
所有のガイドブックに載っていない古墳の有り無しや、
その位置も含めた基本情報については、
埼群古墳館 様より得ております。Powerd By であります。
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■霞ヶ関を越えたら、ちょっとおなかが空いたので、
ウインナーパンを買って補給であります。
■川越市 牛塚古墳。全長42mの前方後円墳。
■楽しみにしていた墳頂から周囲を眺めるでありますが、
閉鎖されておりましたので、周囲から眺めるだけでした。
■現地案内板。
■宅地の公園の中のこんもり木立は、たぬき山古墳。
径18mの円墳。
■墳頂にはたぬき。
もともとこの古墳には狸が住み着いていたからなのじゃろか?
■川越市 山王塚古墳。
宅地の奥の鎮守の森であります。
■墳頂から。
上円下方墳で、下段の一辺63mという大きくて珍しい古墳であります。
参道は歩かれて溝になっておりますが、
木立の中に残るそのボリュームは迫力がありました。
■現地案内板。
■川越市 浅間神社古墳。径40m前後の大きな円墳。
■墳頂。
右下の穴は富士山の火口ということであります。
■富士塚。
■この古墳は別名母塚ともいうのでありますね。
鉄条網はあったかしら。墳丘際まで宅地が迫っておりますので、
ほんとに狭い範囲だけ立ち入り禁止であります。
■案内板。
■川越市 氷川神社古墳。径15mの円墳。
■それから愛宕神社古墳に向かうでありますが、
台地端の段下に下りてしまったので、短い距離ではありますが、
先の階段を自転車担ぐことになりました。
■川越市 愛宕神社古墳。案内板によると、径50m前後の、
大きな円墳ということになるじゃろか。
先の母塚に対して、こちらは父塚ということであります。
■墳頂から。
先の浅間神社古墳とともに、台地の端に築かれていて、
入間川、荒川方向の展望がすこぶる良い立地だったと思われます。
■案内板。
■川越市 三変稲荷神社古墳。1辺20m強の方墳。
宅地の中にぽっつりありました。
■低い墳丘であります。
■稲荷社。
■案内板。
■川越市 日枝神社古墳(喜多院多宝塔古墳)。
一部しか残っていないとのことですが、前方後円墳ということで、
それなりの大きさがあったのでありましょう。
すぐ隣の喜多院の慈眼堂古墳と合わせて、
前方後円墳が立ち並ぶ場所だったということであります。
■薄い土手のような残丘から川越市内方面の眺め。
■同じく残丘から。道を隔てて反対側は喜多院。
■気合の手彫りであります。
■その裏には檄文。
■今回のプランで最後の古墳が、喜多院内にあるのであります。
以前、五百羅漢なんかを見るために来たこともありますが、
古墳があるとは知りませんでした。
■上に慈眼堂がある土盛りが、慈眼堂古墳。
全長45mの前方後円墳。
先の本では、全長80mの前方後円墳とありますが、推定長ということなのじゃろか。
45mは現存の実測ということなのじゃろか。
変形は受けているとしても、きっちりとした高さがあります。
■墳丘上には慈眼堂。
■案内板。古墳については記述なし。
これで、満足して帰るのでありますが、ナイトランでありました。
家に帰って、ネットでいろいろ見ていたら、
面白いサイトがありました。
■川越を応援する!というカワゴエールの観光モデルコースの一つに、
「川越 古墳めぐり観光」というのがあって、その案内図であります。
このサイトの古墳の詳細説明は写真も多く、丁寧で、見所の説明もあるし、
とても良いと思うのでありました。
■同じサイトの日枝神社古墳の説明図であります。
東西に向いた古墳の、くびれ部から後円部が、
道路によって輪切りというのか、かまぼこのようにというか、
削り取られているということでありますか。
残丘の切り口幅の大きさから、もともとは、
それなりに大きな古墳だったのかしらと思うのであります。