■沢辺から重木耕地に向けて登り始め。発祥の地であります。
基本は自転車で通り抜けられる道を選んでいましたが、
ここは往復でも見たかったのです。
■写真よりもっと薄暗いと感じた沢筋の比較的まっすぐな道。
やっぱり、乗るより押しているほうが多いのでありますが、
きついなぁと思ったら勾配18%でありました。
ただこの先、集落の手前で、勾配はさらに増すのであります。
■そこをゼーハーで登り切る直前。
左下に見えるのは旧道でありましょうか。
このあたり勾配24%の箇所もありました。
■登り切って上から見下ろすの図。
ここまでくれば、重木耕地はもう一息であります。
■耕地の入口。
■重木耕地。
■耕地間を結ぶ生活道の案内板。
■上の案内板の位置は、赤矢印のあたりだと思われます。
『秩父悲歌』 (清水武甲 春秋社 1971)
■耕地を抜けて、藤原に向かう道。
■耕地を抜けて小松方面。
この道幅は、荷馬が行き交いよく踏まれていた時から、
変わっていないと思われるのであります。
畑仕事をしていたおばあさんと少し立ち話をして、
「それで、どこに行く?」と聞かれて、「門平」って言ったら、
「小松から行ける」って言うので、そこはすごく歩いてみたいのだけれど、
「自転車だから、いったん下まで降りてから行く」って、そんな話をしました。
それから、石ころに乗り上げたら前転してしまうと感じる下り坂を、
ブレーキ握りしめて下りたのであります。
...つづく。