大野原古墳群は、かつては百八塚とも呼ばれていたとのことで、
秩父では、先の飯塚・招木古墳群に次ぐ規模の群集墳であります。
4つの支群(黒草、大野原、蓼沼、下小川)に分かれているのですが、
そのエリアは、他の秩父の古墳群に比べて、
圧倒的に広いのであります。

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■大野原駅で下車し、歩き始めてすぐの愛宕神社。
 この社殿の下が24号墳。

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■裏に回ると、古墳の雰囲気が残っております。
 径13mということでありますが、作られた当時はもっともっと、
 大きかったのではと思えた古墳でありました。
 この古墳は、大野原支群の1基でありますが、
 周囲は開発が進んで古墳はほとんど残っていないのでしょうか。
 大野原字「宮崎」あたりは古墳が多く、四十八塚とも呼ばれていたと、
 「埼玉の古墳」に記述がありました。

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■横瀬川に削られ崖のようになっている箇所を歩き、

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■大野原古墳群下小川支群。
 手前の7号墳と奥の6号墳。写真には写っていないけれど、
 右側の藪には8号墳らしき墳丘が。
 7号墳は石室が開口しております。

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■7号墳の裾からみた6号墳。
 「埼玉の古墳」では、5基の円墳が南北に並んでいて、
 「五ツ塚」とか「五王塚」とか呼ばれていたとのことであります。
 そのうちの2基。

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■削平された古墳の葺石が由来かもの、石が積まれた場所があって、
 雰囲気のある場所であります。
 
 これで、古墳の本「さいたま古墳めぐり」の秩父5か所を追加して、
 完遂まであと3つということになりました。
 また本からは漏れているけれど、秩父ではほかに、
 石室が完全に露出した大渕古墳や、国造の推定場所の一つの国神塚古墳、
 現時点最大の稲穂山古墳、久那の氷雨塚など見てみたいし、
 それから小鹿野の古墳と秩父事件の現場ももっと丹念に見てみたいのであります。
 今日、まず皆野に行ってとか考えておりましたが、
 冷たい雨だったので、またの楽しみとしました。