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■大塚の名にふさわしい大きな円墳であります。
 現地案内板によると、径33mの円墳ということであります。
 古墳の本「さいたま古墳めぐり」では、この古墳は径18mで、
 秩父では径24mの狐塚古墳に次いで、2番目に大きいということでありますが、
 現場ではやっぱり30mクラスの大きな円墳に見えるのであります。

 そもそも、円墳の径が何mなのかは、残存している墳丘の実測値の場合と、
 周堀の調査からその内径が推定された場合があり、
 私はそれを区別しないで使っているのでありますけれども。

 して、だとすると、径33mは秩父で一番大きいということになりますが、
 「埼玉の古墳」では、竪穴式石室と同様の作りで横口を持っているという、
 たぶんあまりない過渡期の様式なのかもの、
 「稲穂山古墳」について記載があり、それは径38mであります。
 蓑山の西麓にあり、河岸段丘との比高100mと書かれているので、
 この大塚古墳からさほど離れていない場所にあると思われますが、
 分布調査報告書にはその記述がないので場所がわからないのであります。

 秩父地域で一番大きかった古墳はどれなのか?
 これが素朴な疑問であります。
 発掘調査後に大きさは改訂されることは当たり前にあるし、
 長らく円墳と思われていたものが実は前方後円墳だったとかいうのも、
 無いことではないので、現時点でのということでありますけれども。

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■菜の花と古墳。

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■すごく立派な看板というのかなんというのか。

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■墳頂に登る階段の左側に、石室が開口しております。

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■先の「埼玉の古墳」にちょこちょこ掲載されている古い資料図の、
 右端はこの大塚古墳であります。
 幕末から明治という激動の時代に書かれたこの図でも、
 墳頂の社に登るための階段が見て取れるのであります。

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■鉄格子の隙間から覗いた石室内部。

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■現地案内板。