この古墳群を見るまでは、
誇張しすぎじゃなかろうかと思っていたことがあったのです。

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■「埼玉の古墳」にちょこちょこ掲載されている古い資料図。
 描かれている古墳は、金崎古墳群のものではなくて、
 秩父の他の古墳なのでありますが、
 とても雰囲気というか味のあるスケッチで、見入ってしまうのであります。
 ただ、石室の大きさや、開口具合、墳丘の盛りなど、
 迫力を出すために、実際よりも大げさに書かれているんじゃなかろうかと、
 そう思っていたのであります。
 でも、違ったのでありました。

  ※埼玉の古墳
   塩野博(2004) 『埼玉の古墳:児玉』 さきたま出版会.



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■金崎古墳群、大境2号墳。

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■金崎古墳群、大境3号墳。
 迫力であります。
 両方とも大人が立って歩ける大きさの石室が開口しております。
 古墳の本「さいたま古墳めぐり」には、この古墳群について、
 県内でも屈指の楽しい古墳と書かれていますが、
 そこには大いに同感なのでありました。
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■金崎古墳群、大境2号墳。
 開口しているのは玄室部なので、墳丘の周囲は削られ、
 コアの部分しか残存していないということでありますが、
 板状の石を横置きに積み、持ち送りにしてRにした石室を見るにつけ、
 よく残っているものだと感心するのであります。

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■西から。
 立派なケヤキががっつり乗っております。

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■金崎古墳群、大境1号墳。
 金崎古墳群に現存している4基の古墳のうち、
 この古墳だけが開口してないということであります。

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■その大境1号墳の墳頂から見た、メインイベントの大境3号墳。
 ピーナツ?
 径20mに満たない円墳ですが、もっと大きかったのではと思わせる、
 雰囲気がありました。

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■ピーナツのクビレ部から。
 立て掛けてある案内板の手前の平たい石は、
 崩落した天井石なのでありますね。

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■拡大。

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■墳丘の上にある立派な案内板。

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■木の階段で下におりて、

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■石室正面。迫力があります。
 これ以上の崩落を防ぐ補強工事がされていて、中には入れません。

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■隙間から覗いた内部。
 とても丁寧なつくりであります。

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■少し離れた南側から。
 変形を受けたにしても不思議な形であります。

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■大境1~3号墳から、少し離れた金崎神社のすぐ西側にある天神塚古墳。
 氷雨塚とも呼ばれていたとのことであります。
 番号で言えば大境4号墳。

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■天神塚古墳。

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■西側から。

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■開口しております。

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■張りのない直線基調の石室であります。

 して、秩父には氷雨塚と呼ばれていた古墳がたくさんあって、
 それだけ開口していた古墳が多かったということだと思うのでありますが、
 この古墳群でも、先の3号墳も氷雨塚と呼ばれていたかもということであります。
 「埼玉の古墳」には、幸田露伴の「知々夫紀行」の引用もありますが、
 この金崎古墳群については、とても興味深いのであります。
 その一部。
 「...氷雨塚というもののこのあたりにあるべきはずなるが知らずやと問えば、
 そのいわれはよくも知らねど塚は我が家のすぐ横にあり...」
 「...大淵、小柱、金崎、皆野、久那、寺尾等秩父郡の村々には
 氷雨塚と称うるもの甚はなはだ多く、大野原には百八塚などいうものあり...」
 それから、この「知々夫紀行」の最後は、深谷から汽車に乗った幸田露伴が、
 コーノスで降りて、人力車を走らせて吉見百穴を見てから、
 また引き返して汽車に乗ったということを、初めて知りました。
 にしても、往復20km以上の距離を、人力車は走るのでありますね。
 それがすごいと思うのでありました。