古墳群の南側の13、14号墳の二つは、
丁寧な解説と復元図等の図解が素晴らしくて何度でも見てしまう、
嵐山町のweb博物誌の一つ、「丘陵人の叙事詩」によると、
上石堂古墳群となっているじゃろか。
それはそうとして、町の指定史跡になった時に作られたと思われる、
現地の案内板には、「...ここ山王の二十基ばかりを...」と書かれております。

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■これ。
 1994年の分布調査報告書では、山王古墳群は14基となっていて、
 2004年の「埼玉の古墳」でも14基であります。
 S61(1986年)には20基が現存していたのでありましょうか?
 それとも、石堂古墳群(4基)、川坂古墳(1基)など、
 周辺の古墳も合わせた数だったのか?
 これが素朴な疑問であります。
 残存している古墳は、現在「オオムラサキの森」として保全管理されているので、
 おまけというか、好運にも消滅する心配はないのが、
 うれしいところであります。
 ※埼玉の古墳
  塩野博(2004) 『埼玉の古墳:比企・秩父』 さきたま出版会.
 ※分布調査報告書
   『埼玉県古墳詳細分布調査報告書』 埼玉県立さきたま資料館(1994)埼玉県教育委員会.


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■山王古墳群12号墳。
 「オオムラサキの森」のコアな場所は、
 観察路が古墳の周囲を回っていて、この季節であれば、
 近づいてじっくり見ることができるのもありがたいところであります。
 ただ管理地内でも、その外側に近いところは下草で見にくかったり、
 近くまでいけないものもあったりとであります。

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■同じ12号墳を西側から。

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■右の笹山が山王古墳群11号墳。
 左に12号墳、中央に9号墳。奥に7号墳が見えております。
 密集具合を感じるところであります。

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■10号墳を西から。
 石室材が見えているのかしら。

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■7号墳。

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■右の盛りが8号墳?

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■茂みで近づかないとわからない5号墳。

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■4号墳。
 古墳群には、特別に大きなものはないのだけれど、
 これはなかでも大きい方なのではと感じました。

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■奥が半カットの6号墳。

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■その6号墳の裾からは、二つの円墳が見えております。
 9号墳と12号墳でありますか。

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■隣接する民家の庭に、7号墳がはみ出しております。

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■2号墳。

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■違う角度から2号墳。中央右の木立の中。

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■現地「オオムラサキの森」案内板と古墳のだいたいの位置。
 一つ前の写真で自転車を止めている場所は、
 とがった先の場所で赤矢印であります。

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■少し離れた場所にある1号墳。

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■さらに離れた先から見る山王古墳群。
 中央奥から左手の木立にかけてがそうであります。
 して、山王古墳群だけではなく、菅谷館跡を囲むように存在する、
 いくつかの古墳群の分布を考えたら、
 菅谷館跡も、古墳群の上に築かれているのだろうと思うのでありました。
 土塁の中に埋もれている古墳もあったりして。うみゅ。
 それから、何度も何度も走っている都幾川の桜堤のエリアには、
 行司免遺跡と古墳跡があり、そのそばの笛吹峠に向かう途中には、
 粟津ヶ原古墳群があるということを知ったので、
 それらを訪ねて、改めて周囲を回ってみたいと思うのでありました。