前記事、花園 うどんと古墳群 で巡った古墳群のひとつであります。
■拡大。
旧花園町側が小前田古墳群、寄居町側が中小前田古墳群、
地図左上の桜沢地区にも10数基の古墳があって、それは桜沢古墳群。
それら3つを総称して小前田古墳群というと便利だということであります。
かつて100基以上の古墳があって小前田百塚と称されていたとのこと。
今、はっきりと墳丘が残っているのは、
桜沢小学校校庭内にある大塚古墳と呼ばれる古墳と、
赤枠内の3、19号墳の合わせて3基だけということでありましょうか。
■小前田19号墳。径20mの円墳。
南側から撮った写真。北側は宅地に食い込まれて削られておりました。
■小前田3号墳(稲荷塚古墳)。
現状で全長28mの前方後円墳ということであります。
あとから思いましたが、稲荷塚というからには、
鳥居や祠がありそうでありますが、そういうものは見当たらなかったように、
思うのであります。
■後円部。
■案内板。
中小前田古墳群のくくりだと7号墳。これややこしいのであります。
通称「神武様」と呼ばれていたのでありますね。
■前方部から後円部。
古タイヤがクビれにそっております。
平らになった墳丘の上部の縁に沿ってフェンスがあり、
まるまる児童公園になっております。
■小前田3号墳からみる19号墳。
もっこりしております。
■して古い航空写真を見たら、ポコポコしておりましたので、
分布図と見比べておおよその番号をふってみました。
S35当時は、少なくとも30基以上は墳丘が残っていたという勘定であります。
出典:国土地理院 「KT60AEZ-CA91-1110」をトリミング。昭和35年(1960/11)撮影。
■現在のg地図。
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旧花園町側が小前田古墳群、寄居町側が中小前田古墳群、
地図左上の桜沢地区にも10数基の古墳があって、それは桜沢古墳群。
それら3つを総称して小前田古墳群というと便利だということであります。
かつて100基以上の古墳があって小前田百塚と称されていたとのこと。
今、はっきりと墳丘が残っているのは、
桜沢小学校校庭内にある大塚古墳と呼ばれる古墳と、
赤枠内の3、19号墳の合わせて3基だけということでありましょうか。
■小前田19号墳。径20mの円墳。
南側から撮った写真。北側は宅地に食い込まれて削られておりました。
■小前田3号墳(稲荷塚古墳)。
現状で全長28mの前方後円墳ということであります。
あとから思いましたが、稲荷塚というからには、
鳥居や祠がありそうでありますが、そういうものは見当たらなかったように、
思うのであります。
■後円部。
■案内板。
中小前田古墳群のくくりだと7号墳。これややこしいのであります。
通称「神武様」と呼ばれていたのでありますね。
■前方部から後円部。
古タイヤがクビれにそっております。
平らになった墳丘の上部の縁に沿ってフェンスがあり、
まるまる児童公園になっております。
■小前田3号墳からみる19号墳。
もっこりしております。
■して古い航空写真を見たら、ポコポコしておりましたので、
分布図と見比べておおよその番号をふってみました。
S35当時は、少なくとも30基以上は墳丘が残っていたという勘定であります。
出典:国土地理院 「KT60AEZ-CA91-1110」をトリミング。昭和35年(1960/11)撮影。
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