梅雨の中休みなのか、久しぶりに晴れの週末でありますが、
ひどく暑くなった土曜日でありました。
古墳の本「さいたま古墳めぐり」を完遂をめざすべく、
杉戸町と、春日部、宮代の一部をぐるりとしてきました。
3箇所追加のプランであります。
■目沼浅間塚古墳。
■杉戸の道の駅に車を置いて、反時計周りに回りました。
走行距離65km。
※所有のガイドブックに載っていない古墳の有り無しや、
その位置も含めた基本情報については、
埼群古墳館 様より得ております。Powerd By であります。
----------------------------------------------------------------------------
■のっけからの田園風景であります。
■道脇の用水路にはたくさんの生き物。
■スタートした時に、すでに27度を越えていた気温であります。
それでも、午前中の田んぼに吹く風は、涼しさを感じるのでありましたが、
やっぱり木陰の道が、ほっとするのであります。
■自転車に驚いて次々にパシャパシャと飛び込むカエルを眺め、
■すぐに木野川古墳群に着きました。
案内板の後ろに広がる竹林や樹林の中に、
大きくない円墳が数基、残存しているのでありますが、
外から眺めているだけでは、時期的なこともあるし、
まったく判別できないのでありました。
シャドウであります。
■正面の樹林帯が、その残存古墳のあるところ。
■かつての海岸線。
台地端で1~2mの比高というのは、地図で見ているだけでは、
わかりにくいのでありますが、
現場ははっきりとしているうのであります。
木野川古墳群とその周辺をグルグルしたあとは、
お楽しみの貝塚に行きました。
■案内板。
■して来ました、神明貝塚と思われる場所。
あたりを走っていると、急に、畦道や畑にポツポツと、
小さく白いものが見えるようになるのであります。
■それにしても、縄文人がポイポイした貝殻が、
1万平米を超えるエリアに、数10cmの厚さで堆積しているというのは、
すごいなぁと思うのであります。
その一部が地表に出ているだけなのでありますが、
なんだか楽しい場所でありました。
後から見に行った、宮代町郷戸資料館の縄文時代の展示の中に、
貝のスープというものがありましたが、
やっぱり茹でて食べていたのだろうか。
■見て回った中では、より多くの貝殻が見えた場所。
■赤矢印のあたり。
■縄文時代の海岸線を重ねて見たの図。
西親野井の干潟で貝を採っていたのでありますか。
■移動して、目沼古墳群で唯一残っているという、
目沼浅間塚古墳。
■全長46mの前方後円墳。長らく円墳とされていたが、
H3年の調査で前方後円墳と確認されたとのことであります。
周囲を宅地に囲まれておりますが、墳丘左手の敷地が広いので、
そちら側に前方部が伸びていたということなのじゃろか。
フェンスの扉には鍵が掛かっていて、中には入れないのでありました。
■案内板。
■位置。
このエリアに、かつてあった、前方後円墳のひょうたん塚古墳は、
どのあたりにあったのじゃろか。
■同じく海岸線を重ねて見たの図。
少し離れた赤矢印から、目沼浅間塚古墳を撮ったのが、
以下の写真。
■目沼の入り江越しであります。
■それから、S34年竣工の玉子橋で中川を越えて、
広々とした田園をアミダに走りながら、杉戸市街に向かいました。
■その途中にあった、富士塚のある鹿島神社と、
■本殿が古墳の上に乗っているように見える香坂神社。
.....続く。
ひどく暑くなった土曜日でありました。
古墳の本「さいたま古墳めぐり」を完遂をめざすべく、
杉戸町と、春日部、宮代の一部をぐるりとしてきました。
3箇所追加のプランであります。
■目沼浅間塚古墳。
■杉戸の道の駅に車を置いて、反時計周りに回りました。
走行距離65km。
※所有のガイドブックに載っていない古墳の有り無しや、
その位置も含めた基本情報については、
埼群古墳館 様より得ております。Powerd By であります。
----------------------------------------------------------------------------
■のっけからの田園風景であります。
■道脇の用水路にはたくさんの生き物。
■スタートした時に、すでに27度を越えていた気温であります。
それでも、午前中の田んぼに吹く風は、涼しさを感じるのでありましたが、
やっぱり木陰の道が、ほっとするのであります。
■自転車に驚いて次々にパシャパシャと飛び込むカエルを眺め、
■すぐに木野川古墳群に着きました。
案内板の後ろに広がる竹林や樹林の中に、
大きくない円墳が数基、残存しているのでありますが、
外から眺めているだけでは、時期的なこともあるし、
まったく判別できないのでありました。
シャドウであります。
■正面の樹林帯が、その残存古墳のあるところ。
■かつての海岸線。
台地端で1~2mの比高というのは、地図で見ているだけでは、
わかりにくいのでありますが、
現場ははっきりとしているうのであります。
木野川古墳群とその周辺をグルグルしたあとは、
お楽しみの貝塚に行きました。
■案内板。
■して来ました、神明貝塚と思われる場所。
あたりを走っていると、急に、畦道や畑にポツポツと、
小さく白いものが見えるようになるのであります。
■それにしても、縄文人がポイポイした貝殻が、
1万平米を超えるエリアに、数10cmの厚さで堆積しているというのは、
すごいなぁと思うのであります。
その一部が地表に出ているだけなのでありますが、
なんだか楽しい場所でありました。
後から見に行った、宮代町郷戸資料館の縄文時代の展示の中に、
貝のスープというものがありましたが、
やっぱり茹でて食べていたのだろうか。
■見て回った中では、より多くの貝殻が見えた場所。
■赤矢印のあたり。
■縄文時代の海岸線を重ねて見たの図。
西親野井の干潟で貝を採っていたのでありますか。
■移動して、目沼古墳群で唯一残っているという、
目沼浅間塚古墳。
■全長46mの前方後円墳。長らく円墳とされていたが、
H3年の調査で前方後円墳と確認されたとのことであります。
周囲を宅地に囲まれておりますが、墳丘左手の敷地が広いので、
そちら側に前方部が伸びていたということなのじゃろか。
フェンスの扉には鍵が掛かっていて、中には入れないのでありました。
■案内板。
■位置。
このエリアに、かつてあった、前方後円墳のひょうたん塚古墳は、
どのあたりにあったのじゃろか。
■同じく海岸線を重ねて見たの図。
少し離れた赤矢印から、目沼浅間塚古墳を撮ったのが、
以下の写真。
■目沼の入り江越しであります。
■それから、S34年竣工の玉子橋で中川を越えて、
広々とした田園をアミダに走りながら、杉戸市街に向かいました。
■その途中にあった、富士塚のある鹿島神社と、
■本殿が古墳の上に乗っているように見える香坂神社。
.....続く。
こちらはたいした距離を走ってないのにかなりやられました。背中に氷水を入れたハイドレーションでチューチュー出陣したのに返り討ちです。チクショー。あはは