451のミニベロ

ミニベロで、雨の心配のない日の自転車通勤や、週末のサイクリングを楽しんでいます。
それから、雪のシーズンには山でテレマークスキーをしたりもしていましたが、このところは古墳めぐりが大好きになりました。
※ 2008年11月 に「OCNブログ人」で始めたブログですが、そのサービス終了のため 2014年10月 こちらに移ってきました。

テレビを買い換えました

テレビ、調子が悪くなってしまったので買い換えました。
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■今度のは、きつい、汚い、危険じゃなくて、
 きつい、帰れない、給料が安いでもなくて、4Kであります。
 見るときは、BDレコーダーをメインで操作するので、
 TVはモニターみたいなものなのでありますが、
 ネットがらみの機能も増えているので、そのあたり使うこともあるかもです。
 前回の買換え

江南 野菜の買い出し

思いのほか風が強い日でありました。
黄砂が来ているのでしょうか、少し眼が痒いのです。

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■江南まで野菜の買い出し。

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■径30mの上原古墳群2号墳を眺め、

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■野菜を買った後は、

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■丘陵を超えての帰り道。

太田部古墳群 塚山へのアプローチ

古墳の本「さいたま古墳めぐり」の完遂でありますが、
秩父の荒川沿いの古墳は見て回ったので、
残っているのは神流川系の塚山の太田部古墳群だけであります。
 ※児玉の普門寺古墳群白岩古墳群については見に行ったものの、
  その群の墳丘を一つも視認できていないので、
  これも見ておかなくちゃでありますけれども。


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■して塚山に行くには、今まで当たり前に神流湖側から、
 太田部耕地(集落)経由で行くものとそう思っておりました。
 ただこのところ、西秩父の地図をグリグリ見ておりましたので、
 土坂峠から往復もどうなのじゃろと考えていたのであります。

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■旧土坂峠というのか本土坂峠というのか、とにかく、
 そこから波線をたどり、978峰から尾根伝いに907峰を経由して、
 塚山に出るルートであります。
 古墳群と塚山神社跡は、山頂の北東側すぐの高原状の場所にあるので、
 塚山山頂に至れれば、古墳群を探すのも難しくない。

 となれば、塚山を目指した先達登山者の山行記録が参考になると、
 探し始めたら、確かに歩いた記録がいくつか見つかりました。
 これ、とても参考になります。
 まさに土坂峠から塚山のピストンの記録もありましたし、
 もちろん太田部集落から塚山のピストンもありますし、
 山頂から、978峰の西にある849峰のさらに西のテレビ中継塔の、
 舗装された作業道を使って、塚山から万場方面に抜ける、
 縦走の記録もありました。
 して、それらを見ていたら、
 978峰は竹ノ茅山(たけのかややま)というのを知りました。

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■塚山を東側から。byGoogle。
 (1)は、太田部集落からのダイレクト
 (2)は、土坂峠から竹ノ茅山を越えて塚山
 (3)は、テレビ中継塔から竹ノ茅山の北面を巻いて塚山。

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■塚山を西側から。byGoogle。
 (2)の土坂峠からが、標高差が少なく、
 車を使ってのアプローチに無理がなく、効率が良いと思うのであります。
 それは古墳群で時間をたっぷり使えるということであります。
 (3)のテレビ中継塔経由は、ところどころ展望が良さそうだし、
 シカの食害で数は減らしているとのことですが、
 カタクリの自生地「大場平」があるので、それも楽しむことができる。
 それだと、3月でありますか。

 少しづつ緑が濃くなっていくこれからの季節、
 藪の古墳めぐりはいまいちになりますので、
 来年、カタクリが咲く頃なのか、とにかく冬枯れの時期に、
 行ってみようと思うのでありました。
 例えば、土坂峠北側に車を置いて、竹ノ茅山経由で塚山に行き、
 古墳群を見た後は、竹ノ茅山の北面を巻いてテレビ中継塔を経由して、
 そこから土坂峠に戻る、そんなルートであります。
 

再び、城峯山南麓 (3)

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■日野沢川沿い、秩父華厳の滝に向かう途中の左手にある、
 櫓みたいなものはなんでありましょうか。
 大前耕地を通り、大前山から破風山へ至る登山道の入口、
 いわゆる秩父華厳の滝登山口であります。

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■少し下流の石垣が残る中世の阿左美氏館との関係があるのかしら。

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■秩父華厳の滝。
 計画では、この先から奈良尾耕地までゼーハーであがり、
 平坦に作られた奈良尾と門平の連絡道を通って、
 上から門平を眺めてみたいというものでありました。

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■それは569の尾根を巻く道であります(右上の赤矢印)。
 それから神社(右上から2番目の赤矢印)を見て、門平に出る前に、
 もしかしたら谷越しに耕地の全景が見れればという計画であります。
 ただそれまでの無慈悲なアップダウンに少しやられておりましたし、
 そのせいなのか、今日はなんだか、もともと、朝から、実は、
 体調が万全ではないかもしれないなどと考え始めておりましたので、
 帰る方向の匂いがする小前に向かったのであります。

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■小前入口のバス停の前に座って、
 お茶を飲みながら、地図を見て、しばらくもじもじしておりました。
 バス停の場所は、以下の地図の青矢印であります。

jyo3
■机上の計画は、
 門平の後は、バス停の小前入口から登り、小前とは逆方向の、
 579を目指してさらに登るというものでした。
 それから立沢に行って、そこからダイレクト(左下の赤矢印)。
 実際は登りの一番少ない、小前に上がってから降りるの道でありました。
 
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■小前耕地。

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■もう少し左手からでした。
 『秩父悲歌』 (清水武甲 春秋社 1971)

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■小前耕地の中心部。
 傾斜のせいか、他の耕地に比べ、比較的ゆったりとした印象があります。
 でも耕地の端からは、やっぱり急な下り坂で、そこを慎重に下りて、

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■阿熊川沿いに戻り、

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■下吉田に降りてきたのであります。

再び、城峯山南麓 (2)

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■沢辺から重木耕地に向けて登り始め。発祥の地であります。
 基本は自転車で通り抜けられる道を選んでいましたが、
 ここは往復でも見たかったのです。

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■写真よりもっと薄暗いと感じた沢筋の比較的まっすぐな道。
 やっぱり、乗るより押しているほうが多いのでありますが、
 きついなぁと思ったら勾配18%でありました。
 ただこの先、集落の手前で、勾配はさらに増すのであります。

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■そこをゼーハーで登り切る直前。
 左下に見えるのは旧道でありましょうか。
 このあたり勾配24%の箇所もありました。

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■登り切って上から見下ろすの図。
 ここまでくれば、重木耕地はもう一息であります。

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■耕地の入口。

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■重木耕地。

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■耕地間を結ぶ生活道の案内板。

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■上の案内板の位置は、赤矢印のあたりだと思われます。
 『秩父悲歌』 (清水武甲 春秋社 1971)

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■耕地を抜けて、藤原に向かう道。

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■耕地を抜けて小松方面。
 この道幅は、荷馬が行き交いよく踏まれていた時から、
 変わっていないと思われるのであります。
 畑仕事をしていたおばあさんと少し立ち話をして、
 「それで、どこに行く?」と聞かれて、「門平」って言ったら、
 「小松から行ける」って言うので、そこはすごく歩いてみたいのだけれど、
 「自転車だから、いったん下まで降りてから行く」って、そんな話をしました。
 それから、石ころに乗り上げたら前転してしまうと感じる下り坂を、
 ブレーキ握りしめて下りたのであります。
 ...つづく。
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